<油断大敵>
『変わっている村だなあ』がクロスのその村に対する第一印象だった。
なにせ、普通に剣術指南が行われていたりするのだからそう思ってもおかしくはない。
シグールに尋ねてみると、ここはいわゆる戦士の村と言うそうで、なかなか面白い慣習があるらしい。
男は十五になると村を出て、一人前になるまで帰らないというもの。
果たしてなにをやったら一人前なのか……というのは置いておいて。
なるほどだから戦士の村と初めてここを訪れた面々は納得した表情で頷いた。
すでに村長は交代しており、けれど新しい村長もやはりシグールの顔は覚えていたので、快く泊めて貰えることになった。
荷物を置いて階段を下りると明るい声がかかる。
視線をやれば、村長夫婦の他に夫婦らしき人がいた。
「シグールさん!」
「お久し振りです」
「ヒックスにテンガアールじゃないか」
結局君達結婚したんだねえとシグールが笑うと、ヒックスと呼ばれた男性は気恥ずかしそうに頬を掻いた。
「今更だけど、知り合いが多いねえ……」
「まだ二十年だしな」
二十年も経っていないなら、知り合いもまだまだ健在なわけだ。
なんだか昔話に花が咲いているようだったので、シグールに捕まっているテッドを置いて、四人は村の中を見て回る事にした。
とは言っても、広場で剣術指南が行われている以外は普通の長閑な村だ。
練習している処に顔を出して訓練を見学してみたり(さすがに参加はしなかったが)店を回ってみたりしたが、すぐに回り終えてしまったので、村長のところで持たされたお茶セットで休憩する事にした。
天候がいいので外で飲むのもいいだろうと、村の入口に程近い木の下で道具を広げる。
村の人たちから貰ったお茶請けを広げ、クロスが淹れたお茶を飲む。
こんなのんびりした時間は久々だなあと浸っていると、どこかで見覚えのある青が視界にちらついた。
本当に久々の里帰りだったのだ。
デュナン統一戦争も終わり、その後ビクトールに引き摺られるようにして戦士の村へ帰ってようやく一人前の称号をもらい、その後はまた根無し草の生活を続けていた。
相変わらずビクトールとは腐れ縁だ……そろそろ切りたいのだが。
最近は大きな争いもないので傭兵の仕事も少なく……まあ平和なのはいい事だが……そのお蔭で少々食い扶持に困っていたニ人は、近くに寄ったからと村へ寄る事にした。
……食料をたかりに行くわけじゃない、れっきと里帰りだ。
近づいてくる村を見ながら、フリックは変わっていない風景に目元を緩ます。
ヒックスとテンガアールは元気だろうか。
前訪れた時は、丁度結婚した頃だった。
なんとなくあのまま尻に敷かれ続けているような気がしないでもない。
そんな事を考えながら村へ足を踏み入れると、すぐ近くの木で何人かが屯っていた。
少年から青年くらいの年齢らしき者が数人。
前にここを訪れたのは十年以上前だが、見覚えのない顔……。
あれ、とフリックは目を凝らした。
なんだかあの短い髪の子供はどこかで見たことのあるような。
その隣の髪の長い棍を持ったのとか、茶を飲んでる赤いハチマキをしてるのとか、そういえば服装は大分違うが薄い色素のも。
思い出さない方が世の中得する事もあるのだと気付いた時にはすでに時遅し。
更に言うなら向こうにも気付かれた。
「あ、フリックさん、ビクトールさん!」
「……セノ、か?」
「お久し振りですっ!」
ぱたぱたと駆け寄ってきて無邪気な笑みを向けてくるセノにフリックも思わず笑みが零れた。
あの後どうなったか知らなかったが、この笑顔を見る限りどうやら幸せそうだ。
この笑顔に戦争中どれだけ癒された事か(色んな意味で)。
全く変わっていない高さにある頭をわしゃわしゃと掻き回しながらビクトールは豪快に笑う。
わ、とセノは声を上げるが、その声は嬉しそうだ。
「何、あんた達まだつるんでたの?」
よく飽きないね、とのたまったのはルック。
すでにマントをきっちり着込んで服装は隠している手際のよさ。
「……ルック、お前までいるのか」
「確かジョウイだったか?」
「えと、その節は大変ご迷惑をおかけしました」
僅かに目線を逸らしつつ頭を下げるジョウイに、ビクトールは苦笑した。
その微妙な雰囲気に首を突っ込んだのはクロス。
「お久し振りですー」
「……えーと」
「クロス、だったか」
「その節は大変お世話になりました」
にこにこと笑みを浮かべながら言うクロスに、知り合いかと他の三人は視線を向ける。
そういえば話した事はなかったか。
「武術大会で一緒になってね、その時にレックナート様の話を聞いたんだよ」
それでご褒美を強請りに行ったわけ、と説明されて納得した。
どこから情報を手に入れたかと思ったらこの二人だったのか。
「結局……合流してるんだな」
どこか引き攣った笑みでフリックが言う。
あの時天魁星同士が集まらないでほしいというフリックの願いはどこへ行ったのだろう。
ああでもセノであっただけマシなのかもしれない。
「そういや、結局そのご褒美は何にしたんだ?」
「テッド」
「……テッド」
聞き覚えがある。
そう、確かよく最初の天魁星が口にしていた、確か彼の親友の名前。
彼はシークの谷で亡くなったはずだが、そうか彼を。
「……なんでだ?」
「僕が天魁星だった時に、テッドが天間星だったんだよ」
「へ、ぇ……」
じゃあその彼はどこに、とは聞けなかった。
なんだか聞いたら終わりな気がした。
運動をしてもいないのに心臓の鼓動が速くなるのはなぜだろう。
そうだ、こういうのを虫の知らせと言うのだ。
そもそもおかしいじゃないか。
どうしてここまで宿星が揃っている。
しかも天魁星が二人もいるじゃないか。
なんでこんな時期に帰ってきたんだ俺。
「相変わらず青いねえ」
お陰で目立つから分かりやすいけどねと、その時背後からとても聞き覚えのある声がする。
ゆっくりゆっくり振り向くと、そこにはかつての天天魁星が笑顔で立っていた。
隣にいるのがおそらくテッドだろう。
にこにこと笑みを向けながらシグールが近づいてくる。
反射的に一歩足が後ろに下がった。
「久し振りだねフリック」
「そ、そうだな……」
挨拶をしているだけなのに声が裏返るのはなぜだろう。
「フリックさんどうしたんです?」
「……そっとしておいてやれ」
むしろ助けろという相方の叫びを無視して、ビクトールはセノ達とお茶会に加わる事にした。
その向こうでは蛇とそれに睨まれた蛙の攻防が続いている。
「シグール、これ誰だ?」
「紹介するね、僕が軍主やってた時の仲間の一人で、初対面でこの僕に喧嘩ふっかけてきた青い人」
「……それはまた命知らずな」
だってあの頃はお前の性格なんか知らなかったし。
あの後散々報復してきたじゃないか。
それに青いのは関係ねえ。
心の中でツッコミを入れるが、決して口には出さない、いや出せない。
そもそも初対面の人間に喧嘩をふっかけたあたり、あの頃はフリックもまだ若かったのだろう。
「久々に会えたんだし、ゆっくり話そうか。積もる話もある事だし」
「いや俺は別に……」
「ね?フリック?」
「……ソウデスネ」
服だけでなく顔も青くなったフリックとにこやかなシグールと、楽しいですねと笑うセノを見て、ビクトールはそっと心の中で合掌した。
***
フリックはずっと青い人。
油断大敵:気を抜くと災難が降りかかってくること。