<器物損壊>





がしゃこん、ぱりん

軽快な音と共に床の上に散らばった、かつて壺だったものを六人は無言で見下ろしていた。
大部屋の奥に飾られていた大きな壺は骨董市で手に入れた掘り出し物なのだと、部屋へ案内した主人が自慢げに話していたのをぼんやりと思い出す。
その時は「へえ」という程度の認識しかなかったが、こうなると話は少し別だった。

一行の金庫番の役目を担っているテッドは、この壺が果たして幾らなのかと元々薄かった酔いが完全に冷めた頭で考えていた。
はあ、と溜息を吐いて当事者であるシグールに視線を投げる。


いつものように酒を買い込み、宿屋の部屋で酒盛りを始めたまではよかったのだ。
途中で酒を補充しに行ったクロスが帰ってきて、床に転がった瓶を踏んづけて体勢を崩し、思わず放り出した酒瓶を掴もうと近くにいたシグールが手を伸ばし。
……普段なら簡単に捌けるはずのものが、酔いが回ってきていると案外できないもので、結果部屋に飾ってあった壺に肘を引っかけてしまったのだった。

「……不可抗力だし、一応」
気まずそうに頬を掻きながら散らばった破片を拾おうと手を伸ばす。
けれどそれを制して手馴れた様子でクロスが片づけだした。
「慣れてないと手、切るからね」
「……はーい」

てきぱきと破片を集めて袋に入れ、ひょいと掲げてクロスが言う。
かちゃかちゃと破片同士が擦れる音が妙に静かな室内に響いて一層切ない。
「どうしよっか」
「逃げる?」
「いや、壺ひとつで逃亡って」
「……素直に謝るべきじゃないかと」
さすがにこれで逃亡するのは人としてどうなのかというわけで、次の朝、現物を持って宿屋の主人に謝罪に行った。





主人はしばし呆然と破片の山を見詰め、顔を真っ赤にして怒鳴ろうとしたが、相手が子供だということでなんとか堪えて搾り出すように息を吐いた。
「まあ、素直に謝ってきたことだしね」
物はいつか壊れるものだしと自身に言い聞かせるように呟いている主人に、本当は逃げ出す案もあったんですとは言えない一同。

なんとか諦めが付いたらしい主人は、しかし顰め面のまま告げた。
「けど弁償はしてもらうよ」
「お幾らですか?」
そうだね、と口にされた金額は結構な額だった。

「……なんか高くない?」
「掘り出し物と言っただろう」
六人は顔を見合わせ、少し待ってくださいと断って部屋の隅でこそこそと会話を始める。
「テッド、今幾らある?」
「……結構厳しい」
基本的に収入のない旅を送っているので、お金は出て行くばかりである。
乏しくなったらモンスター退治か賭博で稼いでいるのだが、ここしばらく寂れた街道を進んでいたのでモンスターはほとんど出なかった。
よって財布の中は寂しい。
「お前らは?」
テッドの質問に、めいめい財布の中身を確認して金額を告げていく。
万が一に備えて一応個人でも財布の所持はしているのだ。

全員分を足せば壺の代金は事足りた、が。
「宿代払えなくなるな……」
壺代を払うとほとんどすっからかんになるため他の実費が足りなくなる。
「やっぱ逃げとくべきだったかなあ」
「レパントさんに耳に入ったら泣かれるぞ」
いくらなんでも壺割ったくらいで逃げるなよ、と。

しばしの間考え込み、やがてシグールがくるりと笑顔で主人を振り返った。
何を言い出すのだろうと他の五人も首を傾げる。
「すいません、手持ちだけだと少し足りないんですけど、稼いでくるんで少し待ってもらえませんか?」
ちゃんと人質置いていくんで、という言葉に誰がなるんだと聞こうとして、ああ僕かと瞬時に答を弾き出したジョウイは肩を落とした。

主人はしかし渋い顔をして、首を横に振った。
曰く、働くならここで働きなさい。
「えー……」
面倒と口の中でだけ呟いて、ふと酒場の端に一段高く床が作られているのが目に入った。
「あれ、ステージですか?」
「ああ普段は踊り子が踊ってるんだよ」
今日は休みだけどねと言う主人に、シグールは笑って二胡はありますかと尋ねた。















そっと弦の上に弓が置かれ、澄んだ音色が流れ始める。
ゆったりとした曲は酒場に合わないように思われたが、ゆっくりと室内へ広がっていくそれに観客達は聞き惚れていた。
数フレーズの後、クロスが曲に声を乗せる。
高くもなく低くもない澄んだ声音が曲と混ざり合い、一つの世界を作り上げていく。

普段ステージの上に立つ者を囃し立てる男達も今夜ばかりはじっと聞き入っていた。
酒場の隅の壁に寄りかかりながらその様子を眺めていた四人は、意外な特技を披露した二人を少し驚きながら観賞していた。

舞台で二胡を弾くと言い出した時は何を言い出すのかと耳を疑ったりもした。
壺を割ったのが自分だから多少なりとも責任を感じていたのかとも思ったが、シグールの場合皿洗いとかモップがけがやりたくないとかそんな理由だ。
それじゃあ僕も手伝おうかな、と名乗りを上げたのはもう一人の原因であるクロス。
主人が貸してくれた二胡を持って二人で部屋に篭る事数時間。
現在に至る。

「シグールが二胡弾けるのは知ってたけどなあ」
「なんか意外だけど」
「……一応あいつ、貴族の坊ちゃんだからな」
教養としてそれくらいはできるだろう。
まだテオがいた頃、練習しているのを何度か聞いた事があったが、十分聞けるものであったのを思い出した。
そう、十分それで金を取れるくらいに。
「クロスさんも歌上手いですね」
「なんで?」
「俺も知らん」
俺に聞くなとテッドは肩を竦めた。

会話の間も歌は続き、やがて止まった。
優雅に一礼する二人に聞き惚れていた男達が我に返って盛大な拍手を送る。
その後も数曲演奏し、終わった頃にはおひねりを入れるための箱は満杯になっていた。





「大漁大漁♪」
無事壺の料金を払い、ついでに懐も潤って上機嫌な二人は嬉々として酒場の一席で食事中。
「今度からは気をつけろよ」
「はーい」
元気よく返して酒瓶に手を伸ばしたシグールの手を、テッドはぺしりと叩き落とした。







***
意外な特技を書いてみたかった。
二胡は中国の楽器です。弾き方がチェロと似てる。


器物損壊:物品を壊す事。