<言葉裏腹>
トランの観光名所であるトラン湖。
その中に、かつての解放戦争の本拠地が今もある。
今はそのほとんどが一般公開されているが、いくつかの部屋は軍事機密に触れたりもするので立入禁止になっている。
……もっともそんなものが彼らに通じはしないが。
カクで小舟を一艘借りてのんびりと本拠地へ行く途中、許可はあるのかと思い出したかのようにジョウイが尋ねた。
ちなみに漕ぐのは問答無用でジョウイの仕事だ。
「レナンカンプのような騒動はごめんだ……」
しかも今回の相手は門番ではなくれっきとした兵士。
いくら身分が明かされれば釈放されるとは言ってもできるだけ騒動は避けたいと思うのが常人の考えだろう。
「別にあれはあれで」
「シグール、この辺の管理ってあの人じゃなかったっけ」
「……あ」
ルックの一言にシグールは小さく声を上げて固まる。
すっかり忘れていたのだが、この湖周辺を治めているのはあの人だった。
「どうしたの?」
「・・・・・・許可取ってきます」
忘れてたー危なかったーと呟いて、勢いよく立ち上がる。
舟の上で急に立ち上がってはいけません。
ぐらりと船体が傾いで、ジョウイが必死にバランスを取っているのを尻目に、シグールはぽんとルックの肩に手を置いてのたまった。
「よろしく」
「……は?」
「だから、許可取りに、シャサラザードまで」
「……はいはい」
呆れたように息を吐いて、僅かな風の動きと共に二人の姿が消失した。
残された人達はといえばよく展開が分かっていない。
許可を取りにいったらしいのは分かるのだが。
「シグールが真面目に許可を取りにいくなんて……誰の管轄なんだろ」
許可を取りに行けと自分で言っておいてなんだが、ジョウイがぼぞりと呟いた。
処変わってシャサラザードの水上砦。
一度は火事で焼け落ちはしたものの、元々岩で作ってあっただけの事はあり基盤は無事。
開放戦争後に修繕して、今もここら一体の防衛の要としての役割を果たしている。
前と変わった事といえば、湖上の砦の警備と観光ガイド紛いの仕事が増えたくらいだろうか。
ソニアは自室で書類を眺めながら、今度取る休暇に何をしようかとのんびり考えていた。
ふと、
その双眼が細められる。
開けてもない室内の空気が動き、机の上に積まれていた書類の端をはためかせながら彼らは現れた。
一人は淡い緑色の上着を羽織った女性……少女と言った方が正しいだろうか。
というよりどこかで見た覚えがあるのだが。
けれどソニアにとって重要なのはもう一人の方だった。
見覚えのありすぎるその容貌はあの頃と全く変わってはいない。
突然の来訪者に、同じ室内で仕事をしていた補佐役が剣に手を伸ばして立ち上がる。
けれどソニアはそれを手で制した。
「剣を納めなさい」
「ソニア様?」
「自国の英雄に剣を向けるつもり」
「貴女に言われるとなぜか褒められた気にならないなあ」
ソニアの言葉に呆然と剣を落とした補佐役を横目にシグールは苦笑いを浮かべた。
「誉めてないものね」
「……お久し振りです」
「そうね、変わりないようでなによりだわ」
「そちらも」
「口が上手いのは相変わらずなのかしら」
「ソニアはずいぶんと口が回るようになったよねー」
どこか刺々しい空気が辺りに漂う。
双方笑顔なのに言っている事はあからさまな皮肉である。
……果たして隠していない皮肉を皮肉と言っていいのだろうか。
はぁ、とソニアは息を吐き出して尋ねた。
自分を訪ねてくるのだから、何か用件があるのだろう。
近くに来たから遊びに寄ってみましたなどという間柄では決してないのだから。
「それで、今回は何の御用?」
「本拠地の見学したいんだけど、一般開放されてるのは一部でしょ?」
「貴方の城なんだから好きに入ったらいいじゃないの」
「外見から本人と信じてもらえないもので」
「一人で?」
「いや、友人達と」
「……そう」
引き出しから紙を取り出して、最後の部分に署名を入れる。
「持っていきなさい」
「ありがとう」
それじゃ元気で、と言い残して、来た時同様姿を消した二人に息を吐き出して、ソニアは深々と椅子に身を沈めた。
二人の仲は決して良くはない。
そしてこれは生涯改善される事はないだろう。
けれど、一度は全てを失いかけた彼に『友人』と呼べるものができたという事を喜ばしく思えた自分に、ソニアは小さく苦笑した。
「ただいまー! 許可貰ってきたよ」
「それじゃ行きますか」
律儀に船を止めて待っていたジョウイが再び漕ぎ始める。
のんびりと湖を眺めているシグールにテッドが声をかけた。
「機嫌いいな、何かあったのか?」
「んー……元気でなによりかなあって」
「……天邪鬼」
一部始終を見ていたルックが、シグールに聞こえないように呟いた。
***
ソニアさんとシグールの関係は非常に微妙なものと思われます。
言葉裏腹:心中と言動が一致していない事。天邪鬼。造語。