<権謀術数>
トランの中央に位置するトラン湖に接する町のひとつであるカクに入ったのは夕方だった。
「これは城は明日かな」
「テレポートで行けば?」
「一応旅なんだから……できるだけ歩いて行くもんだろ……」
本宅襲撃の時は驚かせるのが目的だったので別として。
結果一泊する事になったのだが、これといって見るところもないので暇である。
適当に部屋で時間を潰していたシグールは、ある事を思い出してがばりと体を起こした。
テッドを引きずり、途中で会ったクロスと合流し、ジョウイを連れ出して向かった先は酒場。
トラン湖に面するこの町で、密かに盛んなものといえばこれがあった。
「……ちんちろりんか」
「うん」
酒場の奥。
そこでは漁師の男達が、いくつかのグループに分かれ、地面に敷いたござの上の小さな茶碗を囲んで一喜一憂していた。
「懐かしいねー」
「あれ、クロスも経験あり?」
「うん」
ちんちろりん。
茶碗の中にさいころを三つ転がして、二つ以上ゾロ目を出し、その目が大きい方が勝ちという単純な遊びである。
嵐とか三倍払いとか細かい事もあるが基本がシンプルなので実は結構歴史が長い。
手近な集団の所へ行ってひょいと覗き込むと、顎鬚を生やした一人が話しかけてきた。
「なんだ、こんな所に子供が来ていいのか?」
そんな固いこと言わないでよ、とシグールが笑う。
それが好印象を与えたのか別の一人が賽を手の上で転がしながら訊いてきた。
待ってましたと飛びついたのはシグールとクロス。
「坊主達もやるか」
「やるやる」
「どれくらい賭けようか」
「おい、賭ける気か?」
横で見ていたテッドが口を挟むが、賭けなきゃ楽しくないと返されれば、特に拙いわけでもないのでそれ以上は口出ししなかった。
「最初だし五百くらいでいくか」
「はーい」
上機嫌な声に、男達は自分の子供程の年齢の二人に目元を綻ばせている。
それも二人が賽を投げるまでだという事が分かっていたテッドは苦笑いを浮かべた。
クロスが軽く掌の上で転がして投げ入れる。
からからと転がって出た目は。
「……六……」
「こんなもんかな」
久々だからいまいち勘が、という言葉が耳に入ったジョウイが、小声でテッドに聞いた。
「……クロスのあれって」
「所詮ちんちろりんも技術だ」
目線を逸らして言ったテッドにジョウイは、シグールの出し目に呻いている男達を見て同情した。
それから代わる代わる男達が挑戦するものの、クロスとシグールはことごとく勝利していった。
少しは手加減というものをする気はないのだろうか。
いや、あの二人の辞書にその言葉があるかどうかも微妙なところだ。
勝負に散って暗い影を背負っている男達に憐憫の視線を投げかけながら、ぽつりとジョウイが呟く。
「なんかこう、皆さんがかわいそうな」
「……仕方ない、還元してやるか」
そう言っておもむろに立ち上がると、落ち込んでいる男達に近づいてく。
「おっさん達、俺達ともやらねえ?」
「……言っとくがお前らの連れのおかげで、ほとんどすってるぞ」
「安くていいよ」
苦笑してテッドは座る。
あんま強くないんだよね、とぼやいて振った賽の目は二。
……なるほど、還元。
どうせ資金には困っていないわけだし、一般市民から巻き上げるのもどうかと思ったので、ジョウイもそれを手伝う事にした。
ちんちろりんは所詮技術。
勝つも負けるもお手の物。
***
セノとルックはお留守番。
良い子は成人するまで賭場に行っちゃ駄目ですよ。
……あれ、セノもルックも成人してる?
権謀術数;さまざまな計略をめぐらすこと。人をあざむくためのたくらみ、はかりごと。