<地異天変>
そこは、レナンカンプに位置するとある大貴族の豪邸だった。
本家の屋敷であるにも関わらず、現在主が不在のこの屋敷は、一部を解放し一般市民にも閲覧可能にし、及びVIPの宿泊地としても使用されていた。(無論全て有料)
だが、現在はオフシーズン。
さらに国関連のVIPならそれこそ大統領レパントから連絡がくるはずであり、こんなどこはかとなく怪しい子供六人組を入れるわけがなかった。
「こら、入るな入るな、ここから先はマクドール家私有地だ」
門兵に制止され、六人組のうちの一人である金髪青年が目を丸くした。
「は? おい冗談だろう、屋敷はあそこにかろうじて見えているだけじゃないか」
「一帯全部私有地なわけ? ……売ったら幾らだろう……」
「……無駄なこと考えるのやめてよね……」
女顔の青年と、その傍らの少女が何かを堪えるようにそう呟き、一行の中では一番身長の高い茶髪の青年が苦笑した。
「言っとくけど反対側はもっと私有地広がってるぞ」
げえっと四人が言って、そのうち幾人かは顔をしかめる。
先程から何も言わない緑のバンダナをした黒髪の少年は、門兵の顔をちらと見て、尋ねた。
「一部は観光可能になってるはずだけど」
「今日は閉館日だぞ」
「……あ」
あ、じゃねぇよ、と横の茶髪の青年か軽くバンダナの少年を小突き、六人の視線は彼方に見える屋敷へと向かう。
「えーっと……僕、ここの主のシグール=マクドールなんだけど」
「そんな嘘を信じるわけがないだろう坊主」
がっはっはと笑われて、少年は苦笑した。
あの戦争からほぼ二十年が経っている。
その間本家の屋敷にはほとんど寄り付いていないし、よしんば訪れても会うのは執事長とその周辺だ。
彼を知る人間は、使用人の中でも少ない。末端となればなおのこと。
「じゃあ勝手に私有地入るから」
しゃき、と手を上げて朗らかに言い切った少年の襟首を捕まえて、門兵はぺいっと地面に投げた。
「ダメだダメだ、帰るんだ坊主たち」
「無理矢理入ったら?」
「ひっ捕らえて突き出してやる」
「どこにですかー?」
間延びした、一番背の低い少年の問いに、門兵はにやり笑って答えた。
「執事長様にだ、こっわいぞー、ザルデ様は」
うんじゃあ突き出して。
さらりそう言って、バンダナの少年は唖然とする脚力で一気に屋敷へ向かって走っていく。
その後を五人が続き、門兵は一瞬目を白黒させた後、仲間を呼ぶと猛然と追いかけ出した。
全員宣言通りにひっ捕らえて、言ったとおりザルデ様を呼んでやるぞと脅した門兵長――だったのだ実は――は、後ろ手を縄で縛られながらも、なんだか全く後悔した素振りのない妙な六人組の横に立ちながら、自身もあんまり
会った事のない執事長――実質この屋敷の全ての長――を待っていた。
「いったい何の騒ぎだ」
そこにやってきたのは、白髪を綺麗に整え執事服をしっかりと着込んだ、厳格な男性。
「はい、子供が六人いきなり侵入してきまして……」
「……まったく、そんな事で私を呼ぶな」
「いやあ、まあ一発灸をすえてやってくださいまし」
ほれあそこです、と門兵長が指差した先には、並んで六人の子供が後ろ手を縛られ立たされていた。
その六人の筆頭にいたのは。
「〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜☆●△×□★▼!?!?」
意味を成さない言葉を叫びつつ悲鳴をあげて、ザルデ執事長はその場で硬直する。
綺麗に整えられた白い口ひげはわなわなと震え、かっと見開かれた目で、目の前のバンダナ少年を見ていた。
「しっ、執事長?」
「どうしましたかザルデ様!」
「何がございましたか!」
ぱたぱたと駆けつけた大量の使用人の内、古参の者は同じく叫び声をあげ、最悪へたり込む。
状況がさっぱり分からない者と、完全に理解してしまった者の二分が奇麗になされた。
「ザ……ザルデ様?」
門兵長は前者であり、なぜこの老獪な紳士がここまで驚愕するのかさっぱり理解できなかった。
だが、彼の疑問はたっぷり数十秒後、なんとか持ち直したザルデ執事長の言葉により解決された。
「な……何をしておいでですか」
「近くに来たから」
平然と笑顔で答えたバンダナ少年に、ザルデは咳払いをして、続ける。
「グ、グレミオからの連絡はございませんでしたが……」
「うん、たぶん今晩あたり届くんじゃない? テレポートで来たから」
がくりと肩を落としたザルデは、震える声で言った。
「お願いでございますから、侵入者の振りをしてここまでいらっしゃるなどという老爺の心臓に悪い事をなさらないで下さいませ坊ちゃ……シグール様!!」
「僕はちゃんと名乗った。教育がなってないぞザルデ」
「ええそうでございましょうとも、二十年近くも使用人のほとんどに顔をお見せにならない御当主様のせいではございません」
「……えーっと、とりあえず縄……」
「はっ、申しわけございません!」
茶髪の青年の言葉に、ザルデは叫んでとっととその縄をほどいてさし上げろ今日付けでお前は首だと一気に言い切ったが、やっとの事でバンダナ少年が実のところ本物のシグール=マクドール――トラン国英雄且マクドール家当主――だと
分かった門兵長は、ショックでそれどころではなかった。
「いやー、結構きつかったね」
はらりといつの間にか縄をほどいていたクロスが、平然とルックの縄を外してからセノを外し、ついでテッドを外す。
セノはジョウイを外し、テッドはシグールの縄をほどいた。
縄の跡がついた手首を押さえつつ、シグールは微笑する。
「まさか自分の屋敷で縄に縛られるとはね、貴重な経験だったよ」
「もっ……もうしわけありませ……!」
「まあお前も悪いな、グレミオさんからの連絡が届くまで待てばよかったんだ」
これ以上放っておくと門兵長はおろか自分に気付かなかった使用人全てに一生分の暇を言い渡し、さらには門兵長は国外追放とかやりそうだったシグールの肩に手を置いて、テッドはやんわりとたしなめる。
「だって、ザルデの驚いた顔見たかったから」
「……変わらないでいらしてくださりザルデはうれしゅうございます」
「部屋を用意しろ、昼食は鴨が食べたい」
「かしこまりました。お部屋の用意はできております、ただいまご案内いたします」
一礼して踵を返したザルデの後に付いて行きつつ、彼の精神力のたくましさに感嘆した一同がいた。
「おっきいねー、本拠地よりぜんぜん広い」
「……迷いそう……」
「オベル城より断然だね」
「ハイランド城よりぜんぜんだ……」
比較対象が悪いわけではないのだろうが、彼らが今までに見たどんな建物よりもでかかった。
「シグール」
「なんだ、ジョウイ」
「……さっきからかなりの数の使用人を見るんだが、何人いるんだ?」
「三百人くらいだろ、ザルデ」
「三百十二人でございます、大幅に少ないのはシグール様含め全く主がいらっしゃらないせいです」
「……大幅に少なくて三百人……」
遠い目になったジョウイだが、テッドは何も言わないでおいてあげた。
「無駄に広いね」
「ああ、書庫あるけど、漁る?」
「「漁る」」
即答したルックとテッドにシグールは笑って、ザルデがそれでは書庫の鍵をお開きしておきますと答える。
「あ、裁縫セット貸してください、さっきちょっと服が破れたんで」
「かしこまりました、お部屋の方に届けます」
「僕とセノと同じ部屋がいいんですけど」
「キングベッドのあるお部屋を用意させていただきます」
客室の並ぶ廊下前に着き、ザルデは深く一礼した。
「それではお客様のお部屋はこちらでございます、何かご入用の物はございますか」
「グレープフルーツジュース」
シグールが平然と言い切ると、セノが遠慮がちに僕はオレンジジュースもらえますかと言う。
「コーヒー」
「天然水」
「地酒」
「ワイン」
「ワインは赤と白どちらで」
「ロゼ」
「かしこまりました」
どんな事にも冷静に対処せよ。
……それが、マクドール家使用人の第一鉄則である。
***
……可哀相です執事長。
あ、門兵長はなんとかテッドのとりなしで一命を取り留めました(仕事も取り留めました
主が帰ってきたときのために常にお部屋をメイクしている使用人sもすごいと思います。
地異天変:とにかく驚くこと。