<脚下照顧>





帰ってきましたトランのグレッグミンスター。
意気揚揚とマクドール家屋敷に足を踏み入れた一行を、変わらぬ笑顔でグレミオが迎えた。
「お帰りなさい、坊ちゃん」
「ただいま、グレミオ」
「セラは?」
一拍置いて尋ねたルックに、グレミオは少し困ったように微笑む。
「ええっと、セラさんはデート、なんですけど……」

「「デート?」」

冷やかな二重奏が響いて、グレミオははい、と返す。
後ろから流れる冷気に、ジョウイとセノとテッドは視線を泳がせる。

「セラが」
「デートだって?」
「どこの馬の骨と」
「切り刻んでやる」

「お二方ちょっと落ち着いてください」
グレミオに窘められても、冷やかな空気を全く引かせないクロスとルックは、口をそろえて問う。
「「どこの馬の骨と」」
「元六大将軍クワンダ=ロスマン様の息子レスト様です」
「…………」
「馬の骨じゃないことは確かだね、うちほどじゃないけど大貴族」
ふあと欠伸をしつつシグールが言う。
自分の荷物を放り投げて、二階に上がる階段に足をかけつつ振り返って言った。
「僕ちょっと寝るから、トラン巡りはとりあえずその二人が通常温度に戻ったらね。いこ、テッド」
「……あ、ああ……」
 声をかけられて、膠着状態のメンバーの間をすり抜けようとしたテッドの腕を、ぐわしと笑顔で掴んだクロスは、その顔をぐぐぃっと近づけて、尋ねた。
「てーっど君」
「……ナンデショウ」

「誰それ、クワンダ=ロスマンって何」
「ってかどうやって知り合ったわけ」
「よくもまあ図々しくもセラに手を出せたもんだよね」
「切り裂くくらいじゃ物足りない」
「一家没落させてやる」
「……あの、息巻いていらっしゃる所申し訳ないのですが、セラさんにレスト様を紹介したのは私で……」
苦笑してシグールの投げた荷物を回収していたグレミオが言うと、二人の視線が彼に集まる。
……二人どころか、「なんでもってそんな余計な事を」と言いたげな他三名の視線も。
「セラさんが普通に平穏に平和な人生を歩んで、その事がルック君とクロスさんに何よりの恩返しになるのだろうけど、 普通の女の子はどういう生活をするんですかとお尋ねになったので、普通のセラさんくらいの年頃の女の子は、 彼氏がいて家のお手伝いとかして、いつかお嫁に行くものですよと……」
すうっと最後の言葉にさらに温度を下げた二名を振り返って、テッドは嗜めた。
「グレミオさんは間違ってないし、セラの希望を無碍にするのかお前ら」
「……そんなことはしないけど」
「……気に入らないね」

渋々そう返答して、やっとクロスはテッドの腕を離す。
溜息を吐いてテッドはシグールに続き上階へ行き、セノは洗うの手伝いますと名乗り出て、ジョウイもそれに便乗した。


「ちょっと僕は塔に帰る、くるよねクロス」
「うん、もちろん」
笑顔が顔に貼り付いたクロスと、いつにまして無表情のルックが、テレポートした先は断じて塔ではなかった。















「……どうかしたの、レスト」
「いや、なんか悪寒が……」
ロスマン家にある私室で美しい恋人とお茶を飲んでいたレスト=ロスマンは、背筋にゾクリとしたものを感じて思わず辺りを見回すが、そこにあるのは自分の整った部屋と木漏れ日と恋人だけ。
「そういえばセラ、結婚式の事だけどね」
「ええ」
「正式に発表する前に、ぜひ一度、君の――君を育ててくれた人に会いたいんだ」
「ルック様とクロス様は、今は旅に出てて……」

とんとん

「なんだ?」
入ってきた従者にレストが尋ねると、青ざめた彼はその場に崩れ落ちる。
後ろから笑顔で入ってきた人物の姿を見て、セラがひっと声を漏らした。
……この顔は……以前彼とうっかり別行動をとって、見つかった時の……。
「だ、誰だっ」
「せーら、隣の人を僕に紹介してくれるかなー?」
「……セラ」
「ク、クロス様にルック様……」
「え、じゃあこの人達が君の……?」


その後、ロスマン家では一族に語り継がれる恐怖現象が起こったとか言われるが、真実の程は定かではない。


 

 


***
可愛い娘に手を出す男は、地獄の果てまで後悔させてやる。
……な、お父さん×2がいるセラは幸せなのか不幸なのか……。


脚下照顧:身近なことに十分気をつけること。「脚下」は、足もと。「照顧」は、照らしかえりみるの意。