穏やかな午後、押しかけた魔術師の島の塔にて、群島諸国旅行中に集めた蔵書をあさっていたテッドの前に、突如トラブルメーカーその三が現れた。
「……なんだ、ルック」
「ちょっと来てなんとかしてくれない」
「なにを」
そういえばシグールはどこ行った。
「あの気持悪い生き物どうにかして」
「……はい?」





<拈華微笑>





「ほ、ほらシグール、テッドが来たよ」
いつになく慌てたような余裕のない口調のクロスに抱きついていたシグールが、その言葉にくるりと首を回す。
「てーっど」
にっこりと笑ったその顔に、テッドは何となく嫌なものを感じて一歩引く。
が。
「……入れ」
 後ろから渾身の力を込めて押され、あえなく室内に足を踏み入れる羽目になる。
「テッドv」
んぎゅ。
入るなりシグールに抱きつかれたテッドは、落ちたバンダナとテーブルの上に置かれた酒瓶とコップを見て、そこはかとなく察したくもない事情を察した。
「何、飲ませた」
「「……さあ」」
「おい……」

視線を逸らして同時に呟いたクロスとルックは、しかし一拍後クロスは笑顔を向けしゅたと左手を立てて、ルックは既に扉の向こうで言ってくれた。
「たぶん酒」
「の中に入ってた酒じゃない妙な液体」
「を飲んだんじゃないかな〜と」
「酔いの症状と似てるから」
「まあほっとけば冷めるでしょ」
「ってワケでソレこの部屋から出ないように抑えといてね」
「ちょっと僕らが正視するには恐ろしいな」

バタン

「……待てぃ」
テッドが呟いた時は既に遅く、かちゃりと鍵のかかる音までした。
――って待て、鍵っ!?

相変わらず容赦のない二名に溜息を吐いて、簡易なベッドとテーブルしかない部屋を見回す。
まるで独房仕様だが、この塔にはこんな部屋が多い。
「で、何飲んだんだお前は……」
腰にまとわりついて離れないシグールにも負けず、置いてあった瓶を取り、中をのぞいて匂いを嗅ぐ。
「……まさか」
コップに少しだけ残ったそれを、舌で舐めてみた。
「お前……これ……媚薬じゃねぇか……」
なんでこんな物が塔に。
つかなんで酒瓶の中に。
レックナート様、あんた何しようとしたんですか。

「吐かす……のもムリか? おいシグール、お前平気か?」
「えへへ〜テッドだー」
「……酔ってるな……熱っぽくないか?」
なおも抱きついてくるシグールを半ば無理矢理ひっぺがして、ベッドの上に座らせてみるが、体がそう火照っている様子はない。
まあ、紋章持ちって事で人じゃないようなものだし、そう素直に効かないか。
「あたまあついー」
「頭?」
顔に赤みは差していないが念のためと額をくっつけると、首の周りにぎゅっと腕を巻かれた。
そのまま引っ張られて、気付いたら――

「……シグール君」
「はーい」
「不意打ちで人にキスする方法なんて誰に教わったんだ」
苦い顔してテッドが言えば、ぴょこっと首を傾げたシグールが、破顔してまた胸のあたりに抱きついた。
「テッド―……」
「……確かに逃げられるわなこれは……」
少し固めの黒髪をゆっくり撫でながら、テッドは苦笑する。
これはさしものクロスでも逃げたくなるだろう。
「……あのねー、ちょぉっとだけねーのみたくなっただけなのー」
「そうか」
「おいしかった〜」
「……そうか」

確かに口当たりはよさそうだが……。
「ねーテッド」
「ん? なんだ?」
少しだけ体を離して、テッドを見上げて満足そうにシグールは笑う。
「だぁーいすきだよ」
「……――どうも」
 そう返して頭をなでると、むっとした顔を返された。
「テッドはぼくすきじゃないんだー」
「いや、そうとは言ってねーだろってかお前マジ酔ってんだから寝ろよ……」
「やぁーだ。ねえテッドはぼくすきだよねー?」

黒い瞳に覗きこまれて、テッドは思わずくらっときて、必死に踏みとどまる。
いったい何飲んだんだお前本当。媚薬だけか、本当に媚薬だけかよ?

「……お前、なまじ顔形いいんだからそーゆーことするな」
「すきだよねー?」
「はいはい好きですよ」
「じゃあちゅーして」
「……テメェ……」

 がっくりと項垂れたテッドは、シグールの肩に両手をおいて、目線を合わせて言い聞かせた。
「お前今酔ってんの、くだらないこと言ってないでとっとと寝ろ」
「やだー」
「ヤダじゃない、寝ろ」
「いやだー」
ふるふると首を振るシグールに、はあと溜息を吐いて、腰に腕を回すと一気に回して抱きあげる。
シグールが驚いて反応の遅れたのをいい事に、そのままぽいっとベッドの上に横たわらせた。
「はい、お休み」
「テッドぉ」
がしっと上着の袖を掴まれて、テッドは視線を逸らして呟く。

「いいから一眠りして正気になってくれ……頼むから」
「おやすみのちゅーして」
「…………」
正気だったらぶっ殺すぞこのガキ。
内心そう毒ついて、テッドはシグールの額の髪をかき分けて、そっと唇を寄せた。
「はい、おやす――」

ぎゅう。
いつの間にやら抱きつかれ、ベッドの上に体半分乗ったまま、にっちもさっちもいかなくなったテッドに、シグールは相変わらずの甘えた声で言う。
「いっしょにねよー」
「……お前……あのなぁ、だから」
「ぼくのことすきだよねー?」
「はいはい、好きですよ、だからなんだ」
「じゃあいっしょにねよ」
「……時々、俺はお前が全く理解できない」
足掻いても無駄と判断して、テッドは靴を脱ぐとシグールの隣に滑り込む。
上着を脱ぎたいんだけどと言ってみれば、予想外の返事が返ってきた。

「ぬがしたげるー」
「……いや、いい、ホント」
自分で脱ぐから、と続けようとしたテッドの上着に、起き上がったシグールが手をかけて、にこにこ笑顔で脱がしていく。
なんとなく邪魔をするのもかわいそうな気がして、テッドはされるがままにしておいた。
「はい、とーれた」
「どーも」
腕を抜いてベッド横に落とすと、テッドはいまだ起き上がったままのシグールを見て、自分の隣をポンポンとたたく。
「さ、寝ような」
「うん」

隣に寝転がってる大好きな人に抱きついて、シグールは満足そうな笑みを浮かべて眠りに落ちた。



「あ゛ー……ホント何飲んだんだお前……いつもこうだと……それはそれで嫌だけど……ってかかわいかったし……ちくしょう……アホか俺は」
ゆっくりとシグールの髪を撫でつつ、結局彼が起き上がって頭痛を訴えるまで、一睡もできなかったテッドだった。

 

 

 



***
オソマツでした。
テド坊でした。
今はこれが限界です。


拈華微笑:言葉を使わずお互いが理解しあうこと。心から心へ伝わる微妙な境地・感覚のたとえ。





ルック「
…………
テッド「どうしたルック」
クロス「あ、それさっきの薬だよね、結局なんだったの?」
ルック「分析した」
テッド「
……で?」
ルック「
……一種の自白剤なんだけど」
クロス「は?」
テッド「はっ!?」
ルック「つまりあれは自分に素直なシグールだったってわけ
……

テッド「ちょっ
……ちょっと待ったソレは今すぐ訂正しろーっ!!」