<自然淘汰>





無人島だったのは昔の話で、今はそれなりに人も住んでいる元無人島。
島の名前が「クロス島」だと言うのは、地図を見た時点で笑いのネタになっているためスルー。

群島内でよく見かけた「チープー商会」の本店がここにあるらしく、港は荷の積み下ろしが盛んに行われている。
その隙間を縫うように船を泊め、クロスが五人を連れてきたのは砂浜の一角にある長く続く洞窟だった。
鍾乳洞のような横穴の中はモンスターが出るから島の人は近づかないのだと言う。
だからその奥にある泉も知らないのだ。



暗い洞窟の中で澄んだ水を湛えた泉は、触れてみるとひんやりと冷たい。
岸の近くに発光する一帯があったが、覗き込んでみても底は見えなかった。
「クロス、これ何?」
「何か沈んでるのかな」
「綺麗な場所ですね」
「海に繋がってるんだよ」
冷たいーと手で水面をぱしゃぱしゃと叩いてはしゃぐセノを、隣で落ちないようにジョウイが見ている。
隣はともかくセノは本当に可愛いなあと和む面々。


ふと、泉の奥で何かが跳ねる気配がした。
「あ!」
「どうした、セノ」
「今、下を何かがすーって」
魚かな、と目を輝かせてセノが言う。
ジョウイは見なかったらしく首を傾げている。
海と繋がっているから魚が泳いでいてもおかしくはない、けれど。
頭に浮かんだ考えに、まさかとクロスは水の中を覗き込んだ。

その時、水の中から現れた白い二本の腕がクロスを掴んだ。
そのまま引かれて、予想外の事にクロスは見事に泉に落ち、 盛大な水飛沫があがる。
他の五人ははっとして武器に手をかけ、しかしすぐに顔を出したクロスが全く臨戦態勢を取っていない事に戸惑った。
そして、続いて顔を水面に出した少女に目を瞬かせた。

「……人魚?」
初めて見た、とシグールがしげしげと少女を見つめる。
水に落とされたクロスはといえば、まじまじと目の前の人魚を眺め、リーリン? と呟いた。
それに少女はにこりと笑い、
「リーリンはお婆様。私リリン言う」
聞いていた通りだとリリンは笑った。
「クロス、人魚の恩人。私達の仲間。だから歓迎する」
にこにこと笑って、リリンはクロスの周りをくるくる回った。

ここで全員から僅かに漂っていた緊張が霧散した。
またここにもクロス縁の者が一人。
害がないならこの状態は非常に面白いもので。
ずぶ濡れのまま岸に上がる事もできず、かと言って喜んでいる彼女を無下にもできずに苦笑しているクロスを、他のメンバーは上から面白そうに眺めている。
「かわいー」
「本当に人魚なんだな……」

「……人魚……魚……の刺身」
「シグール……?」
隣で聞こえた不穏な言葉にテッドがぎこちなく首を巡らせた。
ソウルイーター発動モードの笑顔になっているのは気のせいか。

丁度クロスと一緒に上がってきたリリンが不運にも今の言葉を聞いてしまったらしく、怯えた様子でクロスの影に隠れた。
「テッド確保」
「おう」
クロスの言葉に、がっとシグールを捕獲して、ずりずりとリリンから引き離す。
からからとシグールは笑う、が。
「冗談だってばー」
「お前の冗談は冗談に聞こえないんだ」
「人魚って陸にも上がれるんだね」
「あれは気にしなくていいから」
「う、うん……」

それからなんとかシグールに害がない(実際どうかはともかく)事をリリンに理解してもらう事にかなりの時間を費やした。
「ここにはリリンだけ?」
「母様達いる。でも今はいない」
「どこに行ってるの?」
「人見つける。私達捕まえる。私達売られる。だから人のいないところに行く」
「え、人魚って捕獲対象なの?」
「昔から人魚は珍しいから観賞用に売買されたりするんだよ。鱗とかは装飾品にもできるしね」
「刺身?」
「だからそこから離れろ。つーか食べられるのか」
「……不老不死になるって噂が」
「今更か」
真の紋章持ちは不老になる。彼らの場合、実力的にもそうそう死にそうにない。
信憑性のない噂が万が一本当でも、ご利益も何もないような。

「……でも新しい住処を見つけに行くと言ってなかった?」
あの戦いの後に。

聞いてみれば、まだその新しい住処が見つかっていないらしい。
それで百五十年以上ずるずると住み続けているわけか。
……気の長い話だ。















それから帰ってきたリリンの母親達にも歓迎され、次の日に見送られながら旅立った一行。
「ん〜……」
海図を見ながらクロスは小さく唸る。
どうしよう、めぼしい島は全て回りきってしまった。
残っているのは明らかに人が住めないような小島とかそんなものばかり。
「もう一周てのもねえ」

一緒に地図を覗き込んでいたセノがぽつりと言った。
「……僕、トラン行ってみたいです」
「よし決定」
「は、なんで?」
トラン出身のシグールが抗議の声をあげる。
「だって僕ら、グレッグミンスター以外の町に行ったことほとんどないし」
「……そうかもだけど」
いいじゃない、案内してよとクロスに微笑まれ、セノにお願いしますと言われてしまえばシグールも無下にはできず。
テッドにまで別にいいじゃんと言われてしまえば承諾するしかなかった。

どうやら六人の旅はまだまだ続く。

 

 



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自然淘汰:強いものは残り、弱いものは消えていくという自然の摂理。