<不法侵入>





時刻は回って夜半過ぎ。
この時間を選んだのは、その方がらしいからという至極単純明快な理由からだ。
ちなみにこの度の遺跡探索は、セノとジョウイは宿屋でお留守番である。
理由。セノがおねむだったから。


見張りの兵士の目を掻い潜って遺跡の中へ足を踏み入れると、冷ややかな空気が頬を撫でた。
真っ暗だと思っていた中は視界が利く程度に明るかった。曲がり角等に設置された灯りのせいだろう。
「中は灯りあるんだね」
「ずーっとついてるよ、ここは」
感心したように呟いたシグールは、クロスの言葉に凍りついた。

ずっと……って。
それは前に来た時からですか。
定期的に兵士とかが点けにきてるわけじゃないんですか。
「これもシンダルの技術ってやつだろ」
灯篭の下の部分を軽く足で小突きながらテッドが言った。
いまだ謎多きシンダル族。



少し奥に進むと、階段が上下に分かれていた。
クロスが面白そうに後ろを進むシグールとルックを振り返る。
「どっち行きたい?」
「あんた知ってんじゃなかったの」
「そりゃそうなんだけどねえ」
意味ありげに言葉を切るクロスを不審に思いながらも、どうせなら好きな方向に進んでみればいいじゃない、と軽く言われて。
「じゃあ下」
答えたルックに了解と返して、クロスは軽い足取りで階段を下りていく。

「テッド?」
「…………」
「どうしたの?」
「いや、なんでもない」
最後尾を歩くテッドが遠い目をしているのに気付いてシグールが尋ねたが、答えは返ってこなかった。
首を捻りながらシグールも階段を下りていく。
そこにあったのはやはり石畳の通路で、その先は二手に分かれていた。

曲がり角に来る毎にルックとシグールに方向を尋ねつつそれを繰り返す事数度。
見覚えのある上下階段に出た。
「…………」
「…………」
「似てるだけ、だよね」
「ここまでも結構そういう道あったしね」
「…………」
「クロス、何か言ったら」
「次どっちがいい?」
「……上」

そして。
「……もしかしても、もしかしなくても迷ってる?」
最早何回目か分からない上下階段に、シグールとルックは半眼でクロスを見る。
笑顔を浮かべているクロスが胡散臭く見えてきた。いや、かなり普段から胡散臭いが。

さすがにこれ以上は無理かとクロスは呟いて、さらりと爆弾を投下した。
「ここってね、道間違えると延々と同じ所回る羽目になるんだ」
「……もっと早く言ってよ」
「あんた最初からわかってただろ」
それで散々無駄歩きさせられたのか。

二人の殺気すら混じる視線を受けるクロスは堪えた様子も怯える様子もない。
「言ったでしょ?昔何度も行ってたって」
きちんと道は覚えてるよ。
「それまでが……地獄だったがな」
疲れた調子でテッドが言葉を吐き出した。

ここの遺跡の奥には何度か用があって、また結構経験稼ぎにも重宝できて。
そのせいでちょくちょく足を運んでいたわけだが、複雑な遺跡の中をすぐに完全に理解できるわけではない。
気付いたら入口に戻っていたりどこまでも同じ通路が続いてどこにいるか分からなくなったり、来た道を引き返したら別の道になっていたり、つまりは何度も何度も迷ったわけで。
……シンダル遺跡、恐るべし。

けれどそのおかげで終盤ではどこをどう通ったらどこに着くかも頭に叩き込まれており、現在この状況でものほほんと笑っていられるのだが。
「テッドもここに来たことあったんだ?」
「……一度本気で抜け出せるか真面目に危なくなったことが」
それでもクロスだけは笑っていたが。
なんとか自力で脱出はできたが、後でクロスがすり抜けの札を隠し持っていたと聞いた時は本当に喰ってやろうかと思った。

「つまり、あんたは迷ってるのをわかってて人に道を聞いてたわけだ」
「すぐに奥行ったらつまらないじゃない?」
「そういう問題じゃない!」
切り裂きを発動させようとしたルックの腕を引っ掴んで、久々の超至近距離からの笑顔攻撃。
「ここで切り裂きなんかやったら崩れちゃうでしょ?」
それに人来たらどーすんのと微笑まれて、初対面の頃より遥かに免疫が付いてきていたはずのルックも沈黙した。



結局それからはクロスの先導の下、すんなり奥に到達した。
久々に見た(ような気がする)空はうっすらと明るみを帯びており、すでに朝が近いようだ。
「……本当なら今頃は宿に戻っていられたはずなのに」
「あの木かな?」
やっと着いたとばかりに歩き出したシグールとルックの背に、がんばれーと声援がかかった。
何が、と問う前に空から降ってきたのは。

「土偶……」
「しかも特大……」

ベタなのかなんなのか。
明らかに敵意を見せて目線(目はないけど)を向けてくる土偶に、シグールは棍を構えルックは詠唱の準備に入った。

ふと静かな背後に視線を向ければ、テッドとクロスは手を出す気がないのかのんびりと見ているだけ。
「何観戦しようとしてんのさ」
「これと戦うのも飽きたし」
「……昔からいたんだ、コレ」
「何回倒してもここに来る度に出てくるんだよな」
自己修復機能でもついてるんだろうか。
一度冥府でぱっくり食べた事もあったんだが。

土偶の手の回転が速まり、片方が二人を目掛けて突き出された。
それを左右に分かれて回避し、シグールは地面に減り込んだ腕に一撃を叩き込む。
硬い手応えと、焼き物を叩いたような高い音が鳴った。
腕は震えて浮き上がり、再び土偶の腕の位置に納まる。

「――――――切り裂き!!」

詠唱の言葉が空気を震わす。
空気の塊は本体を直撃し、ボロボロと一部分が崩れ落ちた。
けれどほとんど支障なし。
「何コレ硬いっ!!」
「……意地でも倒す」
「おお、燃えている」
「頑張ってねー」


そしてばかすか戦う事十分余り。
最終的には嫌気が差したシグールが裁きを使って決着がついた。
「お疲れ〜」
「……手伝えよ」

辺りの地面が雑草に覆われながらもそこだけ綺麗に刈り取られたかのように草一本生えていなかった。
めっちゃ不自然。
木の根元には軽く盛られた土があり、上には小さな土偶のようなものが置かれていた。

それを指差してルックが尋ねる。
「これが封印?」
「ううんー、それは取り憑かれた人のお墓」
正確な封印場所は知らないんだよね、とクロスは言う。
状態からすればここ一帯なんだろうけれど。

「どうやって封印したんだろ」
比較的扱いやすく誰でも継承できる八房や五行に対し、特性の強いソウルイーターや罰などは扱いが非常に厄介だ。
セノとジョウイが付けている始まりも、盾と剣の二つに分割してやっと封じたという事だったが。

「紋章自体は封印されてなかったんだよ、遺跡を立ち入り禁止にしただけで」
「……は?」
「辺りの人にぽんぽん移ってって、最後の人がここでぽっくり」
だからきちんとした術とか封印とかはしてなかったんじゃないかな。たぶん。
「……なんというか」
「壮絶?」
「不憫……」


微妙な沈黙に包まれた辺りに、朝を告げる鳥のさえずりが響いた。




 

 



***
迷うのが書きたかった。
ゲームでも序盤散々迷いました。


不法侵入:実際には入ってはならない場所へ許可を取らずに入ること。犯罪。