<観光旅行>





やってきましたオベル王国。
船を港の一画に泊めて降りた一行のしんがりを、どこか諦めた面持ちのクロスが歩いている。
「ここの観光名所って何なんだろう?」
「……シンダル遺跡、しかない、といいな」
無邪気なセノの問いに遠くを見ながらクロスが応えた。

……余程ラズリルが堪えてたらしい。
でも後半とか結構楽しんでませんでしたか。

そんなクロスとは反対に、嬉々として船着場で釣り糸を垂らしていた男から情報を仕入れてきたシグールが戻ってきた。
「英雄が乗ってたって言う船、今も残ってるらしーよ?」
「え、嘘」
さすがに予想していなかったらしく、クロスが驚きの声を上げた。
まさかまだ残っていたとは。
というわけで行き先決定。





てくてくと坂を上って見えたのは王宮はなんというか。
「フレンドリー……?」
「これ以上ないほどにその言葉が当てはまるね」
「当てはまっていいのか王宮なのに」

城と言うよりも大きめの家と言った方がいいような造りをした建物の入口には警備兵が立っているものの、入口は開け放たれていた。
しかも門兵はどうやら差し入れらしき野菜を持った老婆と気さくに話し、その隣をこれまた包みを持った男が平然と通り抜けていく。
いくら狭い島の中でほとんどが顔を知っているからと言っても身体検査もなしですか。
開放的と言ってもこんなんで本当にいいんですか。

一時城に滞在していたり主になった経験のあるメンバーが遠い目をしている隣で、クロスだけがにこにこと笑っていた。
「変わってないなぁ」
「……百五十年前からこれですか」
「すいませーん」
「あ、はい」
セノが手の空いている方の兵に話しかけると、これまた明るい返事が戻ってきた。
「ここに英雄が乗っていた船があるって聞いたんですけど」
「あ、観光の方ですね。船はこの右の道を行けばありますよ」
「ありがとうございます」
クロスやテッドが知っているんだからわざわざ聞かなくてもと言うなかれ。


お気をつけて、と笑顔で送り出してくれた兵に礼を言って、六人は岸壁沿いの道を行く。
昔は身を乗り出せばそのまま海へダイブできたのだが、観光スポットになったからか、きちんと手摺がつけられていた。

そして船はあの時のままそこにあった。
もっとも大分傷んできているので、海からは揚げられているし補強もそこかしこにしてあるが、原型はそのままだ。

他の観光客に混じって甲板から中に入り、 サロンの天井を見上げて思わず言葉が漏れた。
「でか……」
「何百人と乗ってたからね」
食堂から鍛冶屋に道具屋。訓練所に果てには図書室、懺悔室まで何でもござれ。
「……懺悔室?」
興味深深といった様子で尋ねるシグールに、クロスは行ってみようかと案内板も見ずに船内を歩いていく。
やっぱり観光ガイドは本人が一番だと思う五人。

そうして辿りついたのは船底部分。
人気があるのはやはり軍主の部屋とかサロンとかそういった華やかな場所で、この辺りは人気はまばらだった。
ジョウイに試しに手前のドアに入るようクロスが指示して、自分はさっさと奥へ行ってしまう。
残りの四人も奥の扉へ。
どちらへ付いて行った方が無難なのかは考えるまでもない。

室内にあったのは椅子と天井からぶら下がっている紐。
……なぜ、紐。
「へえ、こうなってたのか」
間仕切りのような白い壁のようなものを眺めながらテッドが言った。
「テッドも入ったことあるの?」
「俺が入ったことがあるのは……あっち」
白い壁に人影が映った。
向こうの部屋に入ったジョウイだろう。というかシルエットで一目で分かる。
たぶん懺悔に来た人のプライバシー保護のためなんだろう。無意味な気もするが。

「ジョウイー聞こえるー?」
「……誰? セノかな?」
クロスが呼びかけるとジョウイが首を傾げた。
向こうからは見えないし声も変わって聞こえてるのか、とシグールが感心したように息を漏らす。
確かにこれは懺悔室。

ふと部屋の説明を読んでいたルックが顔を上げた。
「クロス、これまだ使えるみたいだよ」
それにクロスはにやりと笑って、天井にある紐に手をかける。
何が始まるのかと思いきや。
「さて、迷える子羊よ。汝が悩みを打ち明けてみよ」
いきなりの言葉に首を傾げるシグールとセノ。
テッドは嫌な予感と眉を潜め、説明を既に読んだルックは僅かに期待を含んだ眼差しを向けている。

ジョウイはよく分からないようだったが、やがて恐る恐る口を開いた。
「何でも?」
「何でも」
「なんていうか……とある人達と行動を共にするようになってから平穏が崩れていくのが」
嫌かなぁとジョウイが皆まで言う前に、クロスがそれはいい笑顔で紐を引いた。
次の瞬間、ガコンと向こうの天井から何かが降ってきて、シルエット姿のジョウイが掻き消える。
おそらく床に沈んだのだろう。

しばらく呆然としていたシグールが、ようやく状況を理解したのか口許を震わせながら尋ねた。
「クロス、これって」
「『この部屋では向こうの部屋で懺悔をする人に許しを与える事ができます。紐を引くと、許す場合は紙が、許さない場合は金ダライが降ってきます』……何これ」
「いやーこのシステムがまだ使えるとは思ってなかったよ」
あの頃はタライだけじゃなくって水の時もあったけど。
そして実際に紐を引いていたのはキーンであって、クロスは椅子に座って首を振っていただけだけれど。

一度やってみたかったのだこれは。


「……クロス」
実際に裁きを下せた事で満足そうなクロスを、背後から忍び寄ったテッドが羽交い絞めにした。
「お前だったのかっ!!」
「まだ覚えてたの?」
「何、あんたも利用したことあるの?」
「無理矢理押し込まれた……そんでもって盛大に水が降ってきた」
「問題児が人を問題児と言うから悪い」
拘束から逃れたクロスが開き直った調子で言った。
「押し込んだ本人が言うなこの悪趣味っ!!」

向こうで沈んでるジョウイは放置ですか。
楽しそうに紐を引いているセノとシグールの姿は三人には見えていないらしい。





それからテッドの部屋やクロスの部屋など目ぼしい所を回った頃、ふとシグールが疑問を口にした。
先ほどの道で、ここへ来るのとは反対方向には立ち入り禁止の鎖が張ってあった。
王宮の入口は開け放ってあるのに立ち入り禁止にするなんて一体何があるのだろうと降って涌いた好奇心。

クロスはああと頷いて、シンダルの遺跡があるのだと答えた。
「そんでもって、罰の紋章が封じられていた場所」
「へえ……」
「入れないかな、とか言うなよ」
「え〜」
先手を打たれてシグールが不満げに口を尖らせた。
なるべく目立たないようにしなければならないのに、立ち入り禁止の場所に入って見つかったりしたらどうするつもりなんだ。

けれど、今回の真の問題児は他にいた。
「行ってみよっか」
「……クロス」
「バレなきゃいいじゃん」
それに昔は散々行ったしとのたまう英雄様にテッドは盛大に溜息を吐いた。
「テッドが嫌なら僕達だけで行くけど」
「俺も行く」
お前らだけで行かせたら何が起こるか分かったもんじゃない、とテッドはズキズキと痛み始めた米神を押さえた。
旅に出てから頭痛の回数が増えた気がするのは気のせいだと思いたい。








***
つづく
……
群島諸国に来てからはクロスが本領発揮です。


観光旅行:観光を目的とした旅行のこと。