<盗人上戸>





カリスに正体がバレてしまったために、すぐにオベルに出発できるはずがなく、なし崩し的に海賊島に滞在する事になった。
海賊の歓迎に付いてくるものといえば当然。

「あひゃひゃひゃ」
「酒持ってこーい!!」
「すっげー五人抜き!!」
島を挙げての歓迎会、に託けた酒盛り真っ最中。
海賊島にある酒だから弱い酒など置いてあるはずもなく、男達は強い酒をこの機会とばかりに空けていく。

集会所の様に改装されている洞窟の中は夥しい酒気が漂っているが、飲んでいる本人達は全く気にしていないようだった。
「あれ、セノとジョウイは?」
「外」
今まで奥の部屋でカリスと何やら話していたらしいクロスが戻ってきて、姿の見えない二人の行き先を聞いた。
答えたのは丁度五人目の相手を酔い潰したシグール。
その周りには酒瓶が転がっていて、同様に彼の正面には酔い潰れた男が数人。
本人はすでにかなりの量を飲んでいるはずだが、飲んだ先から分解されているのかなんなのか、顔色一つ変えていない。

セノは全く酒が飲めない。
一口だけでも酔って頭が痛くなってくるらしいから、ここは空気だけでも駄目なのだろう。
ジョウイはおそらくそのお供。

普段ならジョウイとセノが二人きりになろうとすると率先して邪魔しようとするシグールが今日は放っておくなんて珍しい。
そう思って尋ねてみれば、飲んでいた方が楽しいからとの返された。
普段ジョウイをからかうのは楽しいからか。
今更ながらにジョウイに同情しながら、テッドもお茶か水のように酒を消費していく。
クロスも向こうで淡々と飲んでいたルックの隣に席を取ってご機嫌だ。
絡んでいたらしい男が数人薙ぎ倒された気もするが、地面にはすでに泥酔いた男が転がっているので違和感は全くないし、気にするような理性を持つ者はすでにいなかった。





数時間後。
大半が眠りあるいは潰れ、洞窟内に鼾と呻き声しかしなくなった頃。
「シグール……もう寝るぞ」
「えー」
「飲みすぎだ」
シグールの場合、酔っても顔色も変わらなければ呂律もしっかりしているしその間の意識を失う事もない。
次の日盛大な頭痛として現れるが。
すでにほぼ、明日の頭痛は確定しているだろうが、とりあえずそろそろ止めないと、本気で島中の酒を飲み干しそうだ。
「ほら、行くぞ」
「はーい」
不満そうでも大人しくずるずると引き摺られていくのを見送って、クロスは隣で暇そうに頬杖をついて目を閉じていたルックを見た。
「起きてる?」
「……飲むなって言ったのあんたでしょ」
隣にくるなり「とっておきがあるからお酒は控えるように」と言われてあまり飲んでいない。
これで不味かったら承知しないというルックに笑顔で頷くと、クロスはカウンターの奥をがさがさと漁りだした。
その辺りに転がっていた男が蹴飛ばされたり押しやられたりしているが、一向に起きる気配はない。
せいぜい他の誰かの下敷きになって呻く程度だ。

「あ、あったあった」
ぱこんと開けたのは、一見ただの床にしか見えない隅の床板。
嬉々としてそこから数本の瓶を取り出すと、クロスは席に戻った。
「はい、秘蔵酒」
隠し場所変わってなかったんだねえとクロスは笑う。
以前ここで飲んだときに、キカがとっておきと言って酒を取り出したのがここだった。
今でも残っているかと思ったのだが、案の定。
「……ってことは、百五十年モノ?」
飲めるわけ、と聞くルックにさあと無責任な言葉を返して栓を開けた。
ほんの少し酸味を含んだ甘い香りが鼻腔を満たす。
グラスに注がれた色は綺麗な赤をしていて、保存状態が良かったらしくどうやら大丈夫そうだ。
「はい、乾杯」
飲んだ酒は、さすが秘蔵というだけあって美味だった。










二日酔いで頭を抱えている大半の海賊達は見送りにはこれなかったらしい。
海賊なのに情けない、となんだか理不尽な感想を述べたクロスにカリスとキールは苦笑するしかない。
「……本当に島中の酒を飲むとはね」
いくら自分達も飲んだとはいえ、 あの伝説の真実の一端を垣間見た気分だ。
「本当にいいのか?」
「これくらいは気にするな」
餞別と言って渡されたのは、海賊がちょっとした航海に使うような小舟だった。
操舵はクロスと、それからテッドもできるから、これくらいの規模なら問題ない。
「これからはどこに?」
「オベルに行ってみようって話に」
そうか、とカリスは面白そうに笑う。
なんだか含みのある笑みにクロスはラズリルでの事を思い出して顔を顰めた。
また何かあるのだろうか。
博物館とか……それはもう十分だ。
「また寄るといい。歓迎する」
「またいずれ」
握手を交わして船に乗り込む。
船酔いメンバーはすでに奥に引き篭もっており、本日はシグールも仲間入り。

だんだんと離れていく島を眺めつつ、いい人たちでしたねとセノが言った。
「海賊がいい人っていうのもどうなんだろうね」
でも、確かに居心地はよかったかな。
「また来るか」
「そうだねー……またいい酒が入った頃に」
「まだ飲む気か」
「まーね」
呆れ顔のテッドに笑って、クロスは海賊島の隣にある小さな島に視線を移した。

いつの間にか二つの島には小さな橋がかけられていて陸続きとなっていたので、明け方に少し寄ってきた。
家はほとんど形を残していなかったので、酒の残りを記憶の中で彼女が座っていた辺りに置いてきただけの本当に簡単な墓参り。

また来ます、と心の中でだけ呟いて、舵をテッドに任せると、ベッドで呻いているだろう三人の世話をしに向かった。


 




***
予定では1話で終わるはずだった
……・。


盗人上戸:いくら酒を呑んでもケロリとしていて顔にでない人の事