<猛虎伏草>





クロスとテッドの反応を見て男は満足そうな笑みを浮かべたが、すぐに気まずそうな表情を作った。
「俺達は今から根城に戻るんだが……悪いがお前達にも付いてきてもらうことになりそうだ」
「根城って海賊島ですか?」
「おお、よく知ってるな」
有名になったもんだと言う男に、シグールはテッドの服の袖を引いた。
「海賊の本拠地とかってバレてていいの?」
「……さあ」
普通はよくないんだろうが。

テッドとシグールをヨソに、男とクロスは話を進めていく。
「今回の航海は予定より長引いてな、食料がギリギリしか残ってねぇんだ」
位置的にはオベルが一番近いから本当はそこで降ろせればよかったんだが。
きちんと後で送っていくから、補給のためにも島に寄っていく。
そう言われたクロスは、一も二もなく頷いた。
「海賊島なんてそうそう観光できないですし」
にっこり笑って言ったクロスに、変わった奴だとキールと名乗った男は笑った。

そんなこんなで海賊島。
彼らの頭はまだ航海から帰ってきてないらしく、その辺をぶらぶらしていてくれと言われた。
子供に構っているほど暇ではないらしい。
もっとも、その辺と言っても中には入れないから海岸沿いを歩くくらいしかできないが。

クロスは人伝に聞いていたある場所へと、1人向かった。
ざり、と珊瑚の屍骸混じりの砂が乾いた音を立てる。
波によって削られた岸壁の奥に、雨風に当たらないように作られた簡素な墓があった。
ただ石が立ててあるだけの墓に供え物もなく、それでも手入れはこまめにされている。
彼女は海葬されたらしいので、形式だけのものだが。

「お久し振りです」
墓の前でクロスは軽く微笑んで、荷物の中から酒瓶を取り出した。
出かける前トランで購入しておいたものだ。
供え物がこんなのでいいのかとも思ったが、彼女の場合これが一番喜びそうなものだった。
花とかアクセサリーとかは突っぱねる人だったから。
……似合うと思うんだけど。

栓を開けて、中身の半分だけをかける。
これをシグール辺りが見たらもったいないと歎くだろう。
「半分だけですいません」
残りの半分は違う人のですから、向こうで一緒に飲んでくださいね、と笑う。

「それにしても、いまだに「キカ」が通り名とはね」
おかげで彼らがキカの一味とすぐ分かったから助かったが。
最後に会ったのは旅に出る前。
彼が死んで、長い長い旅に出ると言った時、キカは笑って見送ってくれた。
彼女がどんな最期を遂げたかクロスは知らなかったが、きっと最期まで自分の思うままに生きたのだろう。

「クロス」
横穴の端から船酔いから復活したらしいルックが顔を出した。
石を前に座り込んでいるクロスを訝しげに見て、けれど問う事はせずに用件を口にする。
「頭が帰ってきたから戻ってこいだってさ」
それに頷いてクロスはついていた膝を上げて砂を払う。
キカの跡取り。今の一団の頭。
「どんな人かなあ」
なんとなく想像はつくけれど。




 


「あんた達が漂流したって子供かい?」
現れた姿に唖然としたのはジョウイとシグール。
セノは綺麗な人だなーと賞賛し、テッドは予想していたのか他の三人の様子を見て笑っていた。
流したままの黒髪は腰まであり、装飾品の一切ない服装は動きやすさを重視しながらも女性としての魅力を隠さないもの。
「女の人……?」
呆然と呟いたジョウイに、頭は口許を吊り上げた。
「女性の頭は珍しいか?」
「あ、いえ……」
「カリス様」
うろたえるジョウイに、笑いを堪えるような表情でキールが助け舟を出した。
「海賊船に乗っていた船を襲われたらしいです。オベルまで送っていこうと思ってるんですが」
「そうだね」
キールの提案に頷いて、カリスは改めてこちらを見ている子供達を見た。
海賊の本拠地に来ているにしては随分と堂々としているものだ。

……もう少し怖がってくれてもいいものだが。
ふと頭に思いついた事を言ってみた。
「あんた達、ここから本当に無事に帰れると思ってるのかい?」
「だってオベルまで送ってくれるって言ってましたし」
だからってそれを鵜呑みにするか普通。
人を疑う事を知らないのかはたまたそんな事をするはずないと思われているのか。

微妙な顔をしているカリスにテッドが苦笑して言った。
「あんた達が海賊キカの後継って言うなら大丈夫だろ?」
「……随分と自信があるんだな」
一時期共闘してたからな。
心の内だけで答えて、テッドは曖昧な笑みを浮かべる。

そこへようやく、クロスと呼びに行ったルックが戻ってきた。
何気なく視線を移してその片割れを視界に入れた瞬間、先代から聞かされた話が脳裏を過ぎる。
赤いバンダナとその髪の色。
海を映し込んだ瞳。
腰に刺した二本の中剣。
名前は。

「クロス、か……?」
「……あー……」
そうですね、とクロスは目を逸らして頬をかいた。
いくら姿や服装が変わっていないからといって、すぐに本人と結び付けられるとは思ってもいなかったのだが、この様子だと自分が誰かバレたらしい。
おそらく……というより十中八九キカの仕業だ。

「先代が言ってた通り化粧映えしそうだ!!」
「…………」
クロスの手を取って目を輝かせているカリスに、クロスは顔を引き攣らせた。
どんな話をしたんですか。
なんだか彼女が笑っているような気がした。






***
まだまだ続く海賊話。


猛虎伏草:英雄が世間から隠れていても、それは一時のことでいつかは必ず世に出るということ。