<急転直下>
ラズリルでしばらくの滞在の後、オベルに向けて出るという貨物船に便乗させてもらったのはいいのだが。
……まさかこんな所で海賊にお目にかかるとは。
ある程度離れた位置からひっきりなしに飛んでくる矢が甲板や柱に突き刺さる。
襲撃の際に甲板にいたクロスとシグール、テッドは、物陰に身を隠しながら向こうの様子を窺っていた。
船酔いでダウン中のルックとジョウイ、その看病をしていたセノは船内だ。
船長は船を引き離そうと頑張っているようだが、造りから機動力を重視で改造されている海賊船に速度で敵うはずがなく、僅かずつながら二隻の間は縮まってきていた。
どすりと近場に刺さった矢を引っこ抜いてちゃっかり自分の矢筒に入れながらテッドが悪態をつく。
「なんで護衛の一人もいないんだよ」
「ケチったから?」
「どっちにしろこの距離じゃ剣は役に立たないしね」
船がつけられたらこっちも反撃のしようがあるのだが。
テッドの弓にしろ、一人だけではさすがに分が悪すぎる。
積まれている荷物が目的なのか、火弓を射掛けられないだけまだいいのかもしれない。
「でも昔に比べれば随分マシだよね」
「まーな」
「昔って?」
「僕達の時代は紋章砲っていうのがあったから、もっと激しかったね」
一発叩き込んで相手が身動きできなくなったところを襲うとかもできたわけで。
こんな風に弓を射掛けて、なんて面倒な事をした覚えもされた覚えもない。
「……紋章砲?」
見た事がないと首を傾げたシグールに、クロスとテッドは苦笑した。
そりゃそうだろう、あれはあの後闇に葬られたものだ。
二度と作られたりしないように設計図なども全て廃棄されたというから、精々本の中でちらりと触れられる程度だろう。
「紋章砲って言うのは……説明はまた後でね」
振動と鈍い音に説明を打ち切って、クロスは腰の双剣を抜いた。
どうやら船がつけられたらしい。
先程まで飛んできていた矢はぱたりと止み、どよめきと共に船に男達が乗り込んできた。
が、海賊達もこうなるとは向こうも予想していなかったろう。
「弱っ」
「いや、それさすがに可哀想だから」
短剣を振り上げ襲いかかってきた男を一撃で沈めたシグールの言葉に、テッドが苦笑いながら手近な男の足を引っ掛けて転ばせる。
船の上は足場があまりよくないので、体勢を崩せば仕留めるのも容易い。
「……でもクロスのが酷いと思う」
そう言って指差す先には、嬉々とした様子で(手加減はしてるだろうけど)相手をしているクロスの姿。
「はい次ー」
ちぎっては投げちぎっては投げ。
あまりの力量の差に、海賊船から移ってくる男達の数も減少した。
「ラズリルでからかわれたの、根に持ってんのかなー……」
「……船上での戦いはあいつの独壇場だから……ってことにしておこう」
突然、ぐらりと船体が大きく傾いた。
「なんだ!?」
「船腹に穴が開けられた!浸水するぞ!!」
船員の声が甲板に響いた。
どうやら甲板からが駄目なら、船自体を壊して逃げ出してきたところを襲おうという魂胆らしい。
思わぬ反撃に遭って頭に血が昇ったらしい。
……微妙に本末転倒のような。
「このままだと船と心中か、逃げて海賊の餌食になるか……」
「どっちも嫌だな」
海賊船が徐々に離れて行くのを見ながら、舌打ちしてクロスは剣を鞘に収めた。
左手をちらりと見る。
使ってみるか。
こんな雑魚に使うのも癪だが。
「……何やってんの」
かけられたのは、地獄を這うような低い声。
振り向くとドアに寄りかかるようにしてルックが青ざめた顔で立っていた。
船酔い絶好調で気分は最悪である。
「ルック、起きてて平気?」
「そんなわけないだろ。寝てたら騒がしいし船は揺れるし……」
おちおち寝ていられりゃしない、とルックは速度を落とした船の隣を寄り添うように航行する船を見やった。
「何、あれ」
「海賊船」
「……あぁ、襲われたわけ」
揺れたのもあいつらのせいか、と呟いて、ルックはふらりと足を踏み出した。
目が完全に据わっている。
「あのー……ルックさん?」
「消えろ」
「あ、ちょいまち」
ルックの一言で、強い風が辺りに渦巻く。
それは一撃で見事海賊船を吹き飛ばした。
余波で波が大きくうねり、それはもちろんクロス達の乗っている船をも巻き込んで。
「あー……沈むかな?」
「呑気に言ってる場合じゃねぇっ!!」
ただでさえ傾いていた船体が更に傾いだ。ぎしぎしと嫌な音までする始末。
「皆こっち!!」
いつの間に出てきていたのか、セノとジョウイが脱出用の小船に乗ってこちらに手を振っていた。
どうやら他の船員もすでに船を降りたらしい。
急いで船に乗って海に下ろしたところで、横っ腹に穴を開けられ切り裂きの巻き添えを食らった船は波間に散った。
「……で、どうするのさ」
波間を漂う一隻の小舟。
船が沈む時の波で進路が取れず、他の脱出した小舟と逸れてしまった六人の乗る船は、言ってしまえば現在漂流中。
テレポートで戻ろうにも、肝心のルックは船の縁とお友達状態である。
「気持ちわる……」
小舟の方が揺れが強いので、船酔いも当然重くなる。
ジョウイも反対側の縁でグロッキー状態だ。
「この状態じゃテレポートは無理だね」
どこかの船が拾ってくれるのを待ちますか。
そんな呑気なと思っても、他に方法はないから仕方がない。
「あ、船」
ジョウイの背中をさすってやりながら海を見ていてセノが、こちらへ向かってくる影を捉えた。
徐々に輪郭を顕にしていく影は確かに船で、助かったと一行は胸を撫で下ろす。
が。
「……海賊船」
「またか」
拾ってもらえたのはありがたかったが、船員は見事な海賊スタイル。
危害を加えようとする素振りはないけれど。
「やだなあ船の乗っ取りなんて」
「笑いながら言うなそういうことを」
「言ってみただけだって」
お前が言うと洒落にならない、と一人テッドは米神を押さえた。
「義賊かな?」
「海賊にもそういうのいるの?」
「いるよ」
「……一応海賊に囲まれてるんだがな」
呑気だな、と壮年の男性が呆れたような笑みを浮かべて話しかけてきた。
「こんな所で漂流か?」
「ちょっと海賊に船が襲われて船が壊れたんで」
「困ってたんです、拾ってくださってありがとうございます」
笑顔で礼を言うセノに、男は面白いガキ共だと笑みを濃くする。
「見ての通り海賊だが、別に危害を加えるつもりじゃねえよ」
「義賊ですか?」
「おお、よく知ってるな」
男は笑って言った。
「海賊キカって言ったら通りがいいか?」
その言葉に目を見開いたのは、テッドと……そしてクロスだった。
***
目指せ海賊島。
急転直下:物事が急速に進む事。