<今是昨非(下)>





祭だ祭だ酒飲みだ。
祭だ祭だ楽しいな。
「……シグール、歌はやめろ」
「えーっ、楽しいじゃん」
英雄様チャンピョン、エントリーしたのはシグールとクロス。
……後者は強制だったのは言うまでもない。

「なんで僕が……詐欺じゃん」
「本物が偽者に負けたら収まり悪いよなあ」
「……ジョウイ、君ってたまぁーに頭回るよね、いらない事に」
余計な一言を言っちゃってくれたジョウイに悪魔の微笑みを見せて、クロスは震える拳を握り締める。
確かに彼の言葉は事実で、負けるのは胸糞悪いのだが……。

「テッド、見てみて、可愛いでしょ」
「……可愛さを英雄チャンピョンで追及してどうするんだよ……」
いつものバンダナを外しクロスとよく似た布を頭に巻き、先ほど購入したレプリカの剣を携えて、にっこり微笑んで見上げるシグール。
……可愛いって言うより怖いよ。

「えへへー酒〜酒〜」
「可愛さ追及するならその科白だけはやめとけ」
浮かれているのは分かるが、そんな楽しそうに歌まで歌っちゃうほど酒がほしいかお前は。
……ほしいんだろうな。
まっとうないい子だったシグールが、しばらく目を離した間に無類の酒好きになってしまっていた事を、とても悔やんだテッドは諦めた。
「大丈夫、PRの時は剣振り上げて「みんな僕について来い!」って言うから」
「……それは……」

仮にも元一軍の軍主である。
大貴族の末裔である。
カリスマでもって一〇八人を落とした張本人である。

そんなことされたら周りが本気になりかねない。

「ちょっと洒落にならないかも……」
「へーきへーき」
大好きな酒が飲めるとあって、シグール君はご機嫌だ。
セノは酒が飲めないので不参加、なのでジョウイと一緒に先ほど祭の出店を見に行ってしまった。
だからたぶんあの二名もご機嫌だろう。





「それでは皆さんお待たせいたしました、第百回英雄様チャンピョンシップを始めます!!」

「……百回、それはまあ」
「つまり毎年やるんだから百年前からってこと」
「……百回……」
「百回……アホい……」
各自反応は少々異なったが、言いたい事は同じである。
百回もこんな事やってんのか。

実はクロスの報復が少々恐ろしく、どうなっても寿命に大して影響しない人生の末期に関係者が博物館を作ったりしたので、博物館も創立百年なのであるが、クロスはそんな事までは 分からなかった。
ちなみに、シグールとセノも関係者により建設が予定されているが、それはもうしばらく先の事である。

「優勝景品は今年度の栄えある百回目を記念してランクアップ、英雄様コスチュームコンプリート及び特性レプリカ及び英雄酒と英雄饅頭!」
「うおおおおおっ」

何ソレ。
つか最後の二つはともかく、何最初の二つ。

「クロス」
「……何?」
放心状態のクロスの服を引っ張ったルックが、視線は司会者に向けていった。
「饅頭とって来い」
「……ルック、ひょっとして気に入った?」
気付けばテッドが持っていた土産屋で購入した饅頭は、丸々一箱中身がないではないか。
シグールとテッドは手に丸い物を持っていたが、ルックも口元に饅頭のクズがついている。

「毎日でも食べれる」
「よし! わかった! じゃあ頑張ってきまーす! 行こうシグール」
途端元気になってシグールの右手をぐわしと掴み、ずりずりと引っ張っていくクロスを見送って、テッドは溜息を吐いた。
「お前……クロスのあしらい上手くなったな……」
「そう?」
「つか、クロスがお前に弱いのか」
「たぶんね」
「自覚アリかよ……」
タチわりぃ、と呟いたテッドに、ルックは肩を竦めた。
「惚れた方の負けっていうでしょ」
「……今まで機を逃がしたので改めて真剣に突っ込ませてもらいたいんだが、お前ら一体いつからスムーズにそんな関係に」
「……真面目に聞きたいわけ」
「機会が許せば」

でもとりあえずはあの問題児だとテッドが言い、ルックはいたく賛成してステージへと向き直った。
まずは自己PRらしい。





「……何人いるわけ?」
何個目になるか不明な饅頭をぱくつきながら、ルックが漏らす。
一人一人エントリーナンバーを呼ばれ、舞台上に上がり決め科白らしきものを言い、横にどく……だけなのだが、その数が半端ではない。
テッドも横で同じく饅頭を食べつつ、そういや昼は軽かったし夜はこの調子じゃ抜きだなと思いながら、さすがにげんなりした視線をステージへと向けた。
「エントリーナンバー六十八、飛び入り参加だ!」
「あ、しゅぐーゆ」
饅頭ほおばりながらテッドが呟く。
「皆――僕について来い!」
双剣を持ってポーズを作り、勇ましく叫んだシグールの姿に、会場は一気に熱気に包まれ、英雄英雄とコールがかかった。
「テンプテーションかかってるね」
「さすがカリスマ軍主……」
饅頭を飲み込んで苦笑するテッドだったが、その苦笑は次なる参加者が何をするかだいたい見当がついていたという理由もあった。

「す、素晴らしい、ナンバー六十八! だが皆の衆決めるのはまだ早いぞ、飛び入り参加その二、本日ラスト、ナンバー六十九!」

シグールが去ろうとするとブーイングが起こったが、彼の代わりに段上に現れたその姿を見て、全員が沈黙する。
灰茶の髪を彩る赤のバンダナ。
華奢な体を包む黒と赤の服装。
腰に帯びたそれは双剣。

カツン、と靴音すら響きそうな沈黙の中、一同の前に姿を現したクロスは、集った人々へ視線を向けて、ゆっくり優雅に一笑した。


瞬間、その場にいたほぼ全員が深く頭を下げ、十数秒後震える声で司会者は言った。
「素晴らしい――なんと素晴らしい――! 英雄様の再来です!」

湧き上がった英雄コールに微笑んで片手を上げて応えるクロスを遠目に見て、テッドははあと溜息を吐いた。
「な、何アレ……」
「クロスが一〇八星集めたのは、カリスマ性でも性格でもない」

絶大なる存在感と、あの微笑み。


「あんたもその一人だったわけね」
「ご名答」
無言で落とす。
それがクロス。

落とされた後に真実を垣間見て後悔してももう遅い。


「今年度は英雄様チャンピョン第百回を記念して、英雄様がご光臨なされましたー!!」
大興奮の一同を白い目で見ていたルックは、しばらくしてから人込みをかき分け戻ってきたシグールが手にしていた箱を受け取る。
「決闘も飲み比べもなくなったから、酒と饅頭もらってきた」
はいテッド、と酒瓶を受け取って、テッドは舞台上のクロスへと視線を向ける。

「それでは、英雄様博物館の土産屋の壁に貴方様のお名前を彫らせていただきます、どうぞお名前を!」
「……ラインバッハ四世」
 しばしの沈黙後、偽名を伝えたクロスの言葉にシグールとルックが笑い崩れた。
「な――どうした?」
ラインバッハってあのラインバッハだよなあと思いながらテッドが首を傾げると、酸欠になりそうなほど笑うシグールがなんとか言葉を返した。
「し、しんなくて、いいっ……」

「皆の衆、ラインバッハ四世様に拍手を!」
地を揺らさんとばかりの拍手の中、舞台上から下りてくるクロス。
周りが一様に道を開けているのが、予想はしていたが、凄い。

「はーい、ちゃんと勝ってきました」
「……うん、まあな」
「酒はもらえたからよし」
二者別々の反応を返されて、クロスは一番の目的の人物に笑みを見せる。
「ルック、僕ちゃんと勝ってきたよ?」
「……そりゃそうでしょ、ご苦労サマ」

もぐ、と早速饅頭をぱくつきつつ、ルックが返す。
「宿に戻る」
「饅頭持つよ」
ひょいとくるり反転したルックから饅頭の箱を取り上げて、クロスは彼の隣に並ぶ。

「ご機嫌だねクロス」
「……まあ、性に合ってんじゃねぇの」
「うん、喝采浴びるのは楽しかった」
「お前もか……」

所詮似たもの同士天魁星。
関わったのがそもそもの間違い、自分が天間星だった事がそもそもの運のつき。

そういえばルックも俺も天間星だったっけ。
……と、嫌な事に気付いてしまい、テッドは項垂れた。

「テッド、残った酒後から届くから一緒に酒盛りしよ」
「お前、翌日二日酔いで起き上がれないくせに……」
「へーきへーき、明日船出港しないから」
「はあ……ほどほどにな」
「うんっ」

楽しそうに笑ってテッドの背中に飛び乗ってきたシグールの重みを、慌てて支えて何するんだといえば、えへへーと気色悪い声が耳元に振ってきた。
「おぶってって」
「……シグール、お前既に飲んだろ、相当」
アルコール臭のする息にそう突っ込めば、そんなに飲んでないもーんと返答がくる。
「おぶってけテッドー」
「はいはい……じゃあついでだからジョウイとセノ探してくれ」
よっせとおんぶの代わりに肩車をしたテッドがそう言うと、左右を見回してシグールがあ、と声をあげる。

「北北東距離五十歩、ジョウイの金髪馬尻尾発見」
「ブッ、なんだそれ」
「お〜いジョウイ〜セノ〜」

ブンブンと手を振るシグールの姿はたいそう目立ち、苦笑いをするジョウイとセノがすぐに合流した。
「クロスさんもシグールさんもかっこよかったー」
「でしょー?」
とたとたと走りよってきたセノが見上げて言って、シグールは満足そうに笑う。
酒瓶片手に。

「あ、シグールさんいいなあ、ジョウイ僕も肩車」
両手をジョウイへ伸ばし小首傾げてね、お願い、と言わんばかりの表情のセノを、ジョウイは無言で抱き上げて肩に担ぐ。
「しっかり捕まってないと落とすぞシグール」
「平気平気〜」
「うわっ、セノ前見えない手は他の場所っ」
「ええっ、ごめんねジョウイ」
わたわたしていたジョウイとセノが何とか安定を保ちだすと、四人はゆっくりと宿の方へと歩いて行った。










結局。

「え……飲み比べ用の譲ってもらえたお酒、全部飲んじゃったの?」
部屋でルックと優勝景品分の饅頭と酒のみを消費したクロスが、翌日の朝食時、驚き呆れて言う。
「じゃあシグールは」
「頭痛で撃沈」
「そーとー飲んだね……」
シグールは半端なく酒に強い。
いくら飲んでも見た目は綺麗に素面だ。中身は保証しないが。
……ちなみにテッドは幾ら飲んでも見た目も中身も素面だ。
だがシグールは飲んでる最中に出ない副作用が、後でツケといわんばかりに回ってくるのだ。
それが今日の頭痛である。
その点、程よく酔うルックとか潰れるジョウイはまだましなのかもしれない。

「ルックはどうした」
「寝てる、朝弱いからね」
「お年寄りと子供は早いからな」
「テッドさん、僕子供じゃないです」
朝食に集った面子はテッド、セノ、クロスの三名で。
「ジョウイは?」
「いや、途中から誘って一緒に飲んでたからなー……途中で潰れてたもんな」
「僕はジュースと水で付き合ってたんだけど、途中で寝ちゃって」

「ああ、ところでクロス」
テッドが宿の出入り口を指差して何気なく言った。
「お前のファンが押し寄せてるから」
「…………」
無言で外の群集を見て、左手を上げるクロスの手をセノが止める。
「そんなことしたらルックが捕まっちゃうよ」
「…………」
双剣に手をかけたクロスを、今度はテッドが止めた。
「剣も使えば問題になるぞ」
「どう、しろ、と」
青ざめたクロスに、テッドはきっぱりはっきり宣言した。
「揉まれてこい」

ぺいっと生贄とばかりに外にクロスを放りだし、テッドとセノは悠々と優雅な朝食を頂いた。

 





***
頑張りました。
シグール三割増(当社比)です。
ジョウイの出番が少ないのは、むしろ彼への愛だと最近思います。
出てくると大抵不憫だもの。


今是昨非:過去の過ちを今はじめて悟ること。今になって過去の誤りに気付くこと。