<今是昨非(上)>





ラズリルに到着。
ようやっと船から解放されると、甲板へと出るルックの顔は明るい。
が。
「なにやってんのクロス」
ベッドに腰をおろして項垂れている人物を見て、鼻を鳴らした。
「いきたく……ない……」
「はあ? じゃあ置いてくよ」
「それも、ヤダ」
「ならとっとと」
「ルック、クロス何してんの、行くよ?」

ひょこっと顔をドアから出したシグールは、暗いクロスをみておやと首を傾げた。
「どしたの?」
「行きたくないって」
「は? ……あ、そういえばクロスの出身だったね。大丈夫でしょ、知り合いなんていないよ」

そういう問題じゃないとか口の中でブツブツ呟いていたクロスだったが、やおら立ち上がるとバンダナをほどく。
何やってんだろうと二人が見守る中、取り出した紐で髪を後ろで括った。
「さ、行こうか」

お前ひょっとしてそれは変装のつもりか。
あんたひょっとしてそれで変装してるつもり?

二名とも言いたい事は同じだったが、ぐっとそれは飲み込んでおいた。










「いやー懐かしいねー」
一旦開き直ると早いのか、きょろきょろしつつ港町を歩くクロスに、妙なものを感じてシグールが目を眇める。
「……ジョウイ、たしかここって……」
「うん、騎士団があるっていう」
「クロスさんはそこの出身なんですよね?」
「じゃあ行ってみるか?」

その瞬間、ルックと共に前を歩いていたクロスが振り返った。
とてもいい笑顔で。
「なんもないよ?」
そりゃ騎士団はまだあると思うけど、と言ったのが災いしたのだろうか。
「見てみたい」
「いや……部外者が入れるか……」
セノの言葉にもごもご呟きつつ目を逸らす。





「なんだいあんたら、旅のもんかい? 運がいいねえ、今晩これから港町で祭りさ。ああ、ラズリル海上騎士団本拠地はあっちだよ、英雄様の博物館もあるしねえ」
通りがかりのご親切なおばちゃんが、人のいい笑みを向けて言ってくれた。
「……英雄様の博物館?」

その言葉に首を傾げた一行だったが、次の瞬間一斉にクロスへと向けられ、さらにコンマ数秒後別々の方向へと霧散する。
「英雄様っていつの人なんですか?」
にっこりスマイル(軍主用)で尋ねたシグールに、おばちゃんは気安く答えてくれた。
「百五十年くらい前に群島諸国を救ってくださった英雄様だよ。像もあるのさ」
「百五十年前に?」
「そう」

そうですか、それは早速見に行きたいと思います、ありがとうございました。
笑顔で礼を言ってシグールは足取り軽く教えられた方角へと向かう。
「……何渋ってるんだクロス」
「像だよ!?」
「いいじゃない像くらい。僕だってあるし」
「シグールも……」

像はいいんだよ。
顔色悪いクロスが吐き捨てた。
「それは覚悟してたよ、ってゆーか知ってるよ」
ただ、問題はそっちではなくて。
博物館。

「誰だ作った野郎は……カタリナさんは違うだろうしコンラッドさんも違うし、権力と金のある……」
「ケネス」
「……それだよテッド、あとは……まさかターニャ……」
「ターニャは本出してたな」
あっさりとテッドに言われ、クロスは撃沈する。
「う、うそ」
「古本屋で見たことある、お望みなら探すぞ?」
「……いい……いいです……あとは……フンギはそんな人じゃないと……でも茶目っ気あったしなぁ」

ブツブツとかつての仲間の名前を呟きながら歩いていくクロスとその横を歩くテッドは、いつのまにか一団よりかなり後方に来てしまっていたが、急ぐ必要はないのでゆっくり歩む。
祭がある関係で、皆さん反対方向へと流れているから、人目がないのはたぶん好都合だ。

「ミッキーは……・ラインバッハにしか興味なかったし」
彼女の本業は文字書きだから、たぶん違う。
「……って僕は何言ってるんだリノにきまってんじゃないか!」
「リノ……? ああ、あの親父……」
「絶対リノだ、他にいるも……いやまてキカ? うそまさか!? ……いやでもやりかねなー……」

一応自分の中で結論は出したらしきずんずん歩いていくクロスが、角を曲がり門をくぐり、騎士団本拠地前にて、口元を押さえて笑いを堪える面子を見て、冷やかな色をその瞳に浮かべた。
「……何コレ」
「ププッ……だってクロス、これ……クロス!」
「ぷっくっく、似てる似てる」
そこに立っていた像はたぶん男っぽさ二割増しのクロスだった。
像の大きさが等身大よりでかいってのはどうなんだろうか。
「何々……「この像は戦闘の際に船にいた彫刻家が彼を讃えるためと記念のために作成し、博物館ができた際に寄贈された」……へ、ぇ」
「ごめんテッド、何その間」
「いやまぁ……讃え……?」
「なに遠い目してんの」

「てか君ら他人事じゃないくせによくもまあそこまで」
そこまで呟いて、クロスはげしと像の立てられている台を足蹴にすると、にっこり五人に微笑んだ。
「さて、帰ろうか?」
「何言ってんの、博物館見てないじゃん」
「……シグール」
「そうだよ、見ていこう」
「……セノ」
「いい機会ですし」
「……ジョウイ」
「ここまできたら同じだろ」
「……テッド」
「それとも何、見られちゃ困るくらい恥ずかしい事しかしてないの?」
「違うよ!」
「じゃあいいね、入ろ」


さっくりクロスを切って門へ視線をやったルックが、とっとと歩き出す。
よくやったルックと口々に讃える他のメンバー。
拳を震わせるクロスに、ジョウイが苦笑して声をかけた。

「ええと……」
「下手な慰めするなら殴られる覚悟してくれる?」
「……スミマセン」

視線を逸らしジョウイも一行の後を追った。










門を入って門番に指し示された扉をくぐる。
ちなみに入場は無料らしいが、寄付のような形で寄付金箱が出口においてあるのでお気に召されたらお願いしますと言われた。
なんかフレンドリーな騎士団だ。

「え、何ここ」
石造りの建物は、冷ややかな印象の中に厳かさも漂わせる。
クロスの話が正しければ当時でも百年くらいは使われていたらしいから、古い。
……古いのでこれをとっとと破棄処分、そして博物館に変えて、この建物の代わりは練習場の奥に建っているのだとか。
「……厨房、かな?」
「へ? だってさっき英雄の私室を展示してるって」

ジョウイの言葉に、クロスは苦笑して廊下の左を指し示す。
「こっちだよ」
扉は取っ払われていて、中に入ると質素にベッドと棚と――本当に何もない部屋だった。
プラカードが所々に設置されてい、それをわざわざシグールが音読してくれる。

「えーっと、「「英雄クロス」は長年このラズリルの地で小間使いとして仕えていたが、騎士団の正規な騎士となったその直後に団長殺しの汚名を着せられ島流しにされる 。しかし、その後オベルの船に拾われ王の信頼を受けた。そして、クールークの侵略においてリーダ−となって群島諸国を守った」……へえ」

壮絶な人生だ、とこの部屋を訪れた誰もが思った感想でも、この人物の口から零れると微妙だ。
なにせ、結構いい勝負な人生を歩んでいるわけで。

「あの、団長殺しって……?」
「ええと……まあそれは別の部屋に事こまか〜ぁく記したのがあるんじゃないかなぁ」
 実際、自分は無実なのは分かっていたので、はっきり言ってそんなにすごく気にしたわけではないのだが。
どっちかってゆーとカタリナ副団長の方が、色々と。

もうひとつあったパネルに近づき、テッドが朗読する。
「……ええと、「人柄は温厚で、団長や他の団員からの信頼も厚かった。当博物館はクロスの活躍を残すために創設されたものである」……温厚?」
猫三枚くらい被ってただろうお前、と言われてクロスは肩を竦めたが、後ろで忍びやかに笑うメンバーを睨みつけてやろうと体を動かして、少々自分より低めの目線で睨みあげる緑の瞳に出会 った。

「何?」
「この廊下の先、食堂だったみたいだね」
「うん?」
事実だったので頷いて、それがどうかしたの? と聞けば複雑な表情をされた。
「……あんた、騎士団の団員だったんでしょ」
「まあ短い間だけど」
「団員は部屋をもらうんでしょ」
「うん」
「なんで、クロスだけ厨房の一角の部屋なの?」

ああ、と言ってクロスは困ったような笑みを見せる。
まさかこの子が気付くとは思わなかった。
これでジョウイあたりなら笑顔で封じ込めるんだけども。
「いやぁ、部屋不足で?」
「百五十年も生きてずいぶんお粗末な嘘だね、冷遇されてたんだ」
「……そうずばっと言わないでくれるかな」

まあ確かにそうなんだけども、そんなに気にしていたわけじゃないし、多分。
実際当時は、むしろ部屋をもらえた事の方が嬉しかったというか皆様と同じじゃちょっと恐れ多かったっていうか……厨房近いのは夜食とか作りたくなった時に助かったし。
部屋が狭いのは、掃除が楽だし?

「くろーす」
ぺす、と後ろからはたかれて、思考の渦から抜け出すと、笑顔で背後に立っていたシグールが外を指差す。
「隣、展示室でしょ?」
「……そうなの?」
「案内して」
「……なんで」
「本人のガイドが一番だしー」

おいシグール、めいいっぱい楽しんでるだろ。
テッドのツッコミは口に出す前に霧散した。
……そういえば以前、トランに立ってるシグールの像を見て、クロスげらげら笑ってたっけな……。
「自業自得だな」
「脈絡ないのに何言いたいかよくわかるよ」
ありがとう、と冷やかな目で言われ、テッドは肩を竦めた。
軍主なんてやってたてめーらが悪い。







 


展示室は、まあ大方(テッドの)予想通りで。
「あっはっはっはっは、何これ、何コレ!!」
バシバシバシ
そんなに叩いたらガラスが割れるだろうというツッコミは誰も入れる事ができない。
それほど、クロスは無言で怒りを滾らせ、残りの面子は笑っていた。
「バンダナ、スプーン、皿……御丁寧に下着まで……何がしたかったんだろうねえ」
というかどこでパチったんだろうねえ、と据わった目で呟くクロスの目は、展示品に一々つけられている説明文の上を素通りしているが、それは読むまでもなく率先して展示品を見て回っているシグールが、げらげらと笑いながらもしかししっかりと逐一音読するからだ。

「えーっと、次は……英雄の使っていたコップ、彼はこれで島中の酒樽を空にした」
「……や、それは嘘だろ」
「……本当にね、僕だけじゃないよ」
「……したんだ」
「したんだな」
「次〜……英雄の使っていた双剣……」

五人の視線がクロスの双剣に集まる。
その頃から持ってたのかこれ。

ってかこの剣、レプリカじゃん。

「えっと……「彼は類稀な双剣の使い手であったが、騎士団の剣とは全く異なるもの故、どこで習得したのか全く不明」……え?」
「確かに騎士団は長剣だからな」
「どこで習ったの?」
「……秘密」
「あ、続き」
読むよ、と一拍置いてシグールは一気に読みきった。
「関係者の間ではおそらく幼少の頃、ラズリルにいた間になんらかの裏組織との関係があったのではないかと いう憶測があったが、後日詳しく調査してみたところによると若干十歳でなかなかの腕前であったらしい。よって、この憶測はおそらく事実であろうと思われる」
「……ノーコメント」
「否定しようよ」
「ノーコメント」

頑なにノーコメントを貫くクロスだったが、五名は笑っているので聞いちゃいねぇ。

「あっはっは……次、鎧。幾度となく英雄を護った……ちょっと待って」
シグールが振り向くと、そこには展示品と寸分違わぬ鎧(?)を身につけたクロスが。
「これも模造品か〜」
でも笑う。
それでも笑う、何かに笑う。

「あ、肖像画」
テッドが指差した先には、きりりとした風貌の青年が描かれていて。
「……なんか、今より老けてるね?」
セノのその一言で、五名はまた笑い崩れる。

「もう、勝手にして……」

案内によるとまだ後二部屋あるらしい展示室のこの先を思って、クロスはげんなりと呟いた。










ところが。
「英雄の歌」とか「英雄の私服」とか「英雄のポエム」とか事実無根な展示がさりげなく並ぶ展示室三つで終わりかと思いきや、最後にトドメがあった。

「……これ、は」
「「土産屋」」
「テッド、きてきてー」
「ジョウイ、これ見て〜」

我先にと店に飛びこんだ二人に呼ばれて、クロスに最終打撃を与えた二人は笑顔で店の中へと続く。
ルックは、と思って見回すと、試食コーナーで何か食べていた。
「なに、それ」
「英雄饅頭」
見れば、クロスの肖像画らしきものが丁寧に描かれた箱の中に、白皮の饅頭十個。
……何かを思い出す。
「えーっと、この饅頭は英雄が汚名を着せられ流刑された時に持つ事を許された食料であり、英雄はこれにて一時を凌いだ。この饅頭こそが英雄が後に英雄となるための礎となった、英雄を英雄たらしめんとした奇跡の饅頭である」
「……ばからしぃ」
「何々? ……ブはっ」
「なん……ぐっ……あっはっはっは」

覗きに来たシグールとテッドが間髪入れずに笑い出す。
ルックが精算所にいた中年女性に饅頭の箱を指差して言った。
「これ五箱」
「ってルック」
「いいじゃん、饅頭好きなんでしょ?」
「そりゃまぁ……好きだけどさ」

「はい、英雄饅頭五箱毎度あり〜」
「シグールさんちょっとこっち」
笑いころげて床に転がっているジョウイと、涙目のセノが手招きするので、シグールが荷物持ちはテッドに任せてそちらへ行くと。
「見てくださいこれ、剣と鎧のレプリカ。「今日から君も英雄だ!」」
「あーっはっはっは、ひーっ……」
「それはお買い得ですよ〜今もってらっしゃるのは子供向けのちゃちなモノですけど、大人用の本格的なモノも……ほれ、そこのお兄さんは英雄様のファンなんだねえ」
「……は、い?」
おばちゃんに悪意のない笑みを向けられたクロスは、戸惑ってこわばった笑顔を見せる。
「その双剣にバンダナに鎧に服に、いやぁ、ここまできちんと英雄様の服を再現してくるとは感心だ。今日の祭りの「英雄様チャンピョン」にも参加するんだろう?」
「……は?」

何ソレ、英雄様チャンピョン?

「期待してるよ、何せ英雄クロス様の武勇伝の数々に乗っ取り、見栄え服装はもちろん剣の実力や酒飲み合戦、挙句に賭け事までこなした最優秀者が英雄様チャンピョンの名誉を手にするんだからねえ」
「……はあ」
「お兄さんは顔も綺麗だし、いやあもしかしてご先祖様に英雄様の一族の血が入ってたのかもしれないねえ。よく見ればあの像にそっくりじゃないか」
「……はあ、そうですか」

そうと以外になんと返せと。
ちなみにクロス以外はおばちゃんに見えないところで笑い死にしている。

「特に最高と賞された人は歴代英雄様チャンピョンという事でね、ほらそこの壁に名前を刻まれるからね、気合入れて行っといで。……そうだ、もうそろそろ祭りの時刻だ、ほれ私が案内してあげよう」
「「あ、おばちゃんこのレプリカくださーい」」
「坊やたちは可愛いねえ、そっちはお兄ちゃんかい?」
「「違いますけど似たようなものです〜」」
双剣のレプリカを持って、にっこり笑ったシグールとセノは、先ほどのおばちゃんの言葉を全て一字一句漏らさず聞いていた。



酒飲み合戦。



参加するべし。




 


***
……続いた。