<唯一無二>





しんじらんない。
呟いてぐったりと項垂れたルックは、甲板でへたりこんでいた。
「ルック、平気?」
「平気に見えるなら目が腐ってるね」
トラン統一戦争に参加していた時、本拠地は湖の上だったが酔うのでテレポートを使っていた。
……その、つけ、かもしれない。
「うーん……まさかそこまで弱いとは……」

苦笑したクロスは当然のごとく平気の平左。
テッドもシグールもセノもぴんぴんしている。
……まあ、後者二名はルックが「神経が鈍いだけ」と言い捨てたが。

「ジョウイみたいに寝てた方がいいんじゃない?」
「アイツと同じ部屋に寝てろと」
「……だって、折角二部屋取れたけど、離れてるんだもん、まとめておかないと世話しにくいでしょ?」
それとも、と言ってルックの隣に座って目線を合わせ笑いかける。
「僕と二人きりになりたかった?」
「……まーね」

呟いたルックの言葉に言葉を失い、目を大きく開いて愕然と彼を見つめ、たっぷり三十秒後搾り出すような擦れた声で言った。
「ほん、と?」
「……目、落ちそうなんだけど」

正直に思った事を口に出してみれば、あ、うん、といつもの彼らしくない態度が返ってくる。
ここまで動揺されるとは思ってもいなかったので、逆にこっちがびっくりだ。
それとも、常に平静な彼がそうまでも動揺するような事を言ったのだろうか、やはり。
……そこまで考えて頬が熱くなったのを自覚し、ルックはそっぽを向いた。

長らく返答も突っ込みもなく、クロスがちらとルックを見れば顔を背けていて。
もしかして、さっきのは、冗談でもからかいでも嘘でもなく。
「あ、えっと、あり、がと」
どうしよう、もし本音だったら。
「……なんで礼言ってんの」
「嬉しくて」
そう言って笑ったクロスに視線をちらと向けて、ルックはああそうとだけ返す。
「今更なんだけどね、僕怖かったんだ」
「何が」
「……ルックに、まとわりついてさ、邪魔じゃないかなって」

ちょっと待て。
そんな自覚あったのかお前。
あったならなんでもっと早く離れない。


これは一言、今更だけど言ってやろうと思って、クロスへ視線を戻したルックは、文句を飲み込んだ。
とても綺麗な顔で、クロスは笑っていた。

「セラ連れていなくなったときも、実は最初に思ったのはそれだった」
「…………」
「愛想つかされたんだって、ルックはそんな子じゃないってわかってたのに」
そう嘆いてクロスは足を抱え込み顎をその上に乗せた。
愛想をつかされたと一瞬でも思った自分の行動には、訳があった。

「愛してる、って所詮言葉だから。いくらでも言えるよ、嘘でも」
繋ぎとめておくためだけのものなのかもしれない。また離れていってしまわないように。
手の届かない場所に行かれるのが怖くて――そう、確かに怖かった。
「だから?」
「……だから」
その後の言葉が出てこないクロスに、ルックは冷徹に言い捨てた。
「だから、僕のことを好きと言ったのも嘘だったのかもしれない? あんた嘘吐くの下手だよ自覚ある?」

何も返さないクロスの横顔に、ルックは言葉を叩きつける。
それくらいしか、できなかった。
「好かれてるのか嫌われてるのかくらい自分で判断できるんだけど。思い上がりも甚だしいね」
「……ごめん」
「謝らないで、何が悪いかわかってないくせに」

眇めた緑の瞳で睨まれ、クロスはどう対応していいのか分からない。
口を開いても出てくる言葉は、彼の言葉と比べるとあまりに空虚だ。

「クロス」
名前を呼ばれて、思わず視線を合わせてしまう。
強い光を放つ目は、ずっと変わらない。
「――好きだよ、ちゃんと」

それ以上言葉を続けず、ルックは立ち上がると背を向ける。
何かをクロスが言う前に、視線を向けずに呟いた。
「寝てくる」
「……うん」
「夕食持ってきて、果物」
「……わかった」


ありがとう。
甲板で拳を握り締めて、クロスは呟いた。
ごめん。
――気付いたら、支えられているのは百五十も年上の自分の方だったなんて、テッドに言ったらきっと笑われる。

でもたぶん、それも悪くない。
きっと自分は、こうやって誰かによっかかっていないとだめなんだぁと、海を見て彼の人に思いを馳せた。
 

 



***
たまには
……ごくごくたまにはラヴく。
ルックがちょっと大人になったという事で。
ちなみにジョウイは船酔いでノックダウンだろうが、セノの介抱があるので結構幸せじゃないかと思います。


(私が書きたかったのはあくまで船酔いルックとダウンジョウイのはずなのになんでこんな話に、そうだタイトルが見つからなかったんだそのせいだ)


唯一無二:ふたつとない、かけがえのないもの。