<行雲流水>
レパントとシュウを脅して……もとい頼んで発行してもらった通行許可証で、一行は珍しく寄り道もせずに群島諸国に最も近い港町に辿りついた。
群島との貿易船や観光船が多く出されるために人の出入りが絶えず、内陸とはまた違う賑わいを見せていて、海鳥の鳴き声と共に潮の香りが流れてくる。
船着場の端の方で、クロスとルックは山積みにされた木材に腰掛けて海を眺めていた。
テッドとジョウイは乗せてくれる船を捜しに行っており、セノとシグールは二人がいなくなったらいつの間にか姿を消していた。
港町だけあって沢山の屋台が出ていたから、おそらく町の方を見に行ったのだろう。
・・・・・・・全くもって集団行動の似合わない集団である。
いつの間に用意したのか持参の水筒からお茶を注いで、クロスは隣に座っているルックに差し出した。
ルックは無言でそれを受け取り口をつける。
「いい天気だねぇ」
「……僕には曇天に見えるけどね」
「いい加減機嫌直してよ」
苦笑しながらクロスは目の前に広がる海原に視線を戻した。
自分の分のお茶を一口啜る。
群島諸国に帰るのは何年振りだろうか。
シグルドの墓参りと言ってちょくちょく海に出てはいたが、群島まで足を伸ばしたのはもうずっと前の事だ。
オベルやラズリルに至っては、最後に旅に出てから一度も戻っていない。
記憶の中の町は百年近く前で止まっている。
……果たして懐かしいと思えるだろうか。
ふと、ルックが自分を見ている事に気付いてクロスは思考を中断した。
何でもないように笑ってはみせたけれど、何を考えていたかは見透かされたかもしれない。
「……悪かったね」
ぼそりと呟かれた言葉に、クロスは目を瞬かせた。
ルックが謝るなんて明日は大雪かもしれない。
思わず空を見上げてしまったクロスに、何を考えたのか理解したルックは憮然としてクロスの腕を抓った。
「失礼な事考えないでくれる」
「ごめんごめん」
「……帰りたくなかったんじゃないの?」
その言葉に、すぐに答えられなかった。
ふ、と口許に笑みを浮かべてクロスは目を伏せる。
「……そう、なのかな」
別にここへ来るまでにそう思った事はなかったけれど。
あの頃の面影がどれほど残っているか分からない。
百年以上経って全く変わっていないはずはないと分かっているけれど、記憶にある島の光景が見る影もなくなっていたら……少し寂しいかもしれない。
自分がいた頃と変わっていく島の様子を見るのが嫌で、記憶が思い出に変わっていくのが辛くて。
けれど、今は。
「一人じゃないしね」
だからきっと大丈夫。
小さく呟いた言葉はルックには聞こえなかったらしく、訝しげな視線を向けてきた彼にクロスはくすくすと笑った。
「島によって特産物とか色々あるから楽しいと思うよ。案内してあげるねv」
まさかそこまで変わってはいないだろうし。
「おーい、券取れたぞ」
「……何やってるんだ二人とも」
ルックに抱きついてじゃれているクロスに切り裂きをかまそうとした時、タイミングよくテッド達が帰ってきた。
「とりあえずイルヤまででいいんだよな? 丁度そこまでの船が見つかったから乗せてもらう事にした」
「そうだね。とりあえずイルヤで、その後は適当に島を回ってこうか」
「すぐ出るらしいから……ってセノとシグールは?」
「「町」」
「……あいつら……」
待ってろって言ったのに目を離すとこれかよ、と頭を掻いて、テッドは大きく溜息を吐いた。
「お前らも止めろよ」
「気付いたらもういなかったし」
ああもう、と言うテッドは慣れた様子だ。
ソウルイーターの気配を感じられるテッドならすぐに見つけられるだろう。
いってらっしゃーいと手を振ると、絶対そこを動くなよ、とのお言葉を受けた。
***
中途半端な真面目もの。
行雲流水:掴み所がなく、常に一定でないもの。