<累卵之危>





ルックをあの手この手の強制手段で引っ張り戻したまではよかったものの、元仲間のユーバーとかアルベルトはおいといて、ハルモニアの動向が問題になった。
こうと決めたら一直線、腹が立ったら手段選ばずぶっちゃけその先なんて考えてなかったー、な直情型四名の中で唯一参謀型のテッドは、それぞれ無言で視線を逸らす面々に、皮肉たっぷりに言ってやれた。

「つまり、誰も、ルックを連れ戻した後はハルモニアの追っ手がかかるだろうとか思っていなかったわけだな」
「いや、そこまで考えが回らなかったっていうか」
「そこまで暇じゃないだろうっていうか」
「そもそもテッドさんやクロスさんが何百年も逃げおおせたんだし」
「適当に時が忘却させてくれるだろうという」

口々に考えていませんでした告白をする四人に、溜息を吐いてテッドは首を振る。
せめて怒り沸騰していたクロスとシグールはともかくセノにジョウイ、お前らくらい何か考えておけ。
それができなかったのは、たぶん彼らが見かけ以上に怒っていたからなのだろうが、それにしても。
……だめだ、こいつら迂闊に野放ししたら、世界が簡単に滅びる。

「俺は三百年あらゆる追っ手から逃げて手出し危険人物に分類されていただろうし、クロスも右に同じだ、というか、だいたい紋章使って大きな事なんかしていない。そもそも手出しするにはソウルイーターや罰の紋章、始まりの紋章はヤバ過ぎる。ハルモニアに直接被害があったわけでも ないし、もっと戦力を蓄えてからの方が理に適うので手出しはしにくい、が」
そこで言葉を切って、テッドは溜息を吐いた。
「ルックの大馬鹿野郎はあの国のわざわざ中枢にまでもぐりこみ、あまつさえひっちゃかに掻き乱しておまけに最初からそれが目的だったと言う事がバレバレにあっさり裏切り、さらには神官 将ササライから真の紋章まで奪って国境付近で不穏な騒ぎを起こし、挙句トドメを刺されることなく真の紋章ごと消え去った。ハルモニアの、特に上層部の面目は丸つぶれも甚だしい。私怨も合い合わさって血眼で探しに来るのは間違いない」

な、なるほど、と四名はそれぞれ心の中で呟いた。
そこまで全く全然考えていなかった。

「だから、ルックは俺達とは事情が違う。この大陸どこでも逃げ場はないと思え。当分は旅をして居場所不明にしないと非常にまずい」
「返り討ちってのは」
シグールの発言に、テッドは首を振った。
「いくら俺とお前がソウルイーターで「冥府」と「裁き」を、黒き刃で「どんよくなる友」ぶちかまし、輝く盾で「ゆるす者の印」を、真なる風で「永遠の風」でトドメに罰の紋章で「永遠なる許し」をかまし……いやいけるかもしれないが……」
指折り戦力をカウントしていたテッドは、顔をひくつかせて科白を途中変更したが、いやいやいやと手を振って自分の発言を霧散させる。
「戦闘地は間違いなく砂漠化するぞ」
「「じゃあハルモニアで」」
セノとジョウイのハモった声に、テッドは苦笑する。
「……いや、それに、戦いってのは所詮兵の数だ、有象無象でも捌くには時間がかかるしあっちにはいくらでも手段があるし、いくら俺達が一騎当千でも逆に言えば二千揃えられれば負けるってことだし」

それにそんなことをしたら、それこそどっちが悪者なんだかわかりゃしない。

「居場所を常に動かせば、こっちが捌ける程度の追っ手しか差し向けれない、しばらくすれば諦めるだろう、たぶん」
「たぶん、ね……」
「ま、万が一大軍を差し向けられたらそれこそトラン・デュナン対ハルモニアという大戦になるけどな」
最終的な持ち駒はちゃんと確認しながら、テッドは話を続ける。
国を巻き込むという仮定に触れるという事は、万が一の時は役立ってもらうぞと、ここにいる内の二名に宣告したも同然だ。
二人が、そんなことは望まないのを知っているから、けしてそんな事態には持ち込まないという決意の表れでもある。
「そこで、だ。ルックを旅に出すのはよしんば本人が渋ってもクロスが引っ張り出せばいいんだが」

彼の持つ真なる風の紋章。
真の紋章持ち同士は、互いの紋章の気配を感じ取る事ができる。

「紋章はひっぺ剥がさないと、旗振りながら逃げるようなもんだ」
「うん、そうだね」
「でも、どうするわけ、真の紋章だよ?」
シグールが首を傾げて問うと、テッドは難しい顔をして答える。
「幸い奴の紋章は五行紋章、ここにある曲者sと違って比較的温和で扱いやすい。とっとと他の適合者に譲って、俺達の何人かがそっちの人間を護衛しつつ、ルックを逃がす」

できるなら、ハルモニアの地から遠くはなれて、南へ。

特に問題はなさそうな案だったので、全員が賛同の意をこめて頷く。
合意したその直後に、ルックと違って本当に満身創痍だったセラの様子を見に行っていたルックが帰ってきた。
彼女の経過は良好で、治療担当のセノとジョウイ(クロスとシグールはルックを見る度に凄まじい毒攻撃をするので、治療班からテッドにより速やかに外された)曰くもう明日辺りからは普通の生活が送れるとの事だったのだが。

「……何?」
全員の視線を受けて、ルックはふてぶてしく尋ねる。
柳眉がぴくりと上がり、傲岸不遜な態度でテッドの横に空いていた椅子に座ると足を組んで、無言の面子を見渡す。
「ルック、ちょっとしばらく旅をしよう」
軽快な口調でクロスがそう切り出すと、はあ? とまず切り返して続いてああそういう事、と呟く。
「ハルモニアからもう追っ手?」
「……まあな、で、その紋章をとっとと外した方がいい。護衛にはクロスをつけるし」

ああ、とちらと何にも覆われていない自分の手の平を見てから、ルックは却下、と呟いた。

「なんで」
「紋章、外すのは結構だし未練もないけど、たぶん一ヶ月持たないからね」
は? と周囲に言われ、ルックは自嘲気味な笑みを浮かべる。
「僕は紋章の器だから、これによって生きてるようなもんだし、抜かれたら十中八九、死ぬね」
沈黙した面子の中から、とは言えどもそれは考え込んでいたわけであって声を失ってとかそう言うわけでもなかったので、ぽつりと声が上がる。
「他の紋章と交換すれば」
「運良く真なる風の紋章と適性ある人が更に真なる紋章を持ってるわけ?」
相変わらず馬鹿アンタ、とルックに返されシグールがそっぽを向く。
「僕たちとか?」
「……お断りっていうか無理」
セノのありがたい申し出に、ルックは首を振る。
ソウルイーター、罰の紋章、黒き刃に輝く盾。
……どれもごめんだし、適正があるとは思えない、思いたくない。

うーん、と考え込んだ面子に、ルックは冷めた視線を投げかける。
「別にアンタたちからは離れるし、関係な」
「ルック、次にその科白言ったら数年適当な場所に僕自ら監禁するんでそのつもりで」
微笑んだクロスに言われて、ルックは蒼白になって黙り込む。
初対面から十五年、いろいろあったし自分もたくましくもなったと思ったが、その前に百五十年の布石があったのを忘れてた。

「真の紋章がいくつか固まってたら気配って誤魔化せるかも……」
呟いたジョウイに、セノがこっくり頷く。
「うん、わかりにくくはなる」
「じゃあ僕たちが張り付けば」
「……めっちゃ目立つ一団だぞ」
「でも手は早々出せない」

きぱっと言い切ったシグールに、そりゃそうだが、とテッドは遠い目をする。
この面子で旅したら、行く先行く先でトラブルに巻き込まれるっていうか問題引き起こすっていうかちょっと待て諌め役俺かよ!?

想像できてしまって思い切り顔をしかめたテッドだったが、ルックをちらと見やるのは忘れなかった。
「ルック」
「……何」
「お前のことだから、お前が決めろ……と、言いたいが旅の予定をクロスとシグールが立て出したらお前の意見は一ミリも通らないから、今のうちに言いたいことは言っておけ」
「……旅は決定なワケ」
「ああ」

そう、と言ってルックはテッドに問う。
「レックナート様とセラは」
「問題ないだろう、狙う理由もないし、まあ人質にと……りはしないだろう」
ハルモニアがなぜレックナートに手を出さないのかは分からないが、手を出さないのだからそれは事実で確実だ。

セラはもう紋章も持っていない、一般人だから、まずハルモニアが追う事もない。
「セラはグレミオにお願いしていけば平気だろ」
暗に、グレミオは連れて行かないと公言したシグールを、テッドは少々驚いて振りかえる。
「グレミオさんは置いていくのか」
「……少なくても、数年は」
「いいのか」
「……いい」

そうか、とそれだけ言ってテッドはパンと手をたたいた。
「よし、じゃあ行き先は適当に決めよう、早い方がいい、各自今からルックが家に戻してくれるからとっとと準備して、明後日の朝には出発、いいな?」

「って、また僕をこき使うの?」
「誰のためにこんな辺鄙な場所の塔にきてるんだ」
「本当に」
「いらぬ苦労させるよね」
「…………」

何も言えなくなったルックは、無言で手をかざした。

 

 

 


***

蒼にVの救済小説を書いてもらったので、遠慮せずV軸以降が書けます。
……うん、さすがに取り戻してはいめでたしというわけでは ないでしょう。
テッドが一人で頑張っております。

累卵之危:卵を積み重ねたように崩れやすく、きわめて不安定で危険な状態にあること。