< El significado que existe en usted 6 >





塔の最上階。
ようやく開放されて多大な疲労感と共に夜空を見上げていると、後ろから近づいてくる気配に、既視感を覚えながらルックは視線だけそちらに向けた。
「調子どう?」
「最悪」
片手を上げて爽やかな笑いを浮かべながら言うクロスに、ルックは憮然とした表情のまま顔を背けた。
自分が今こんな気分になっている最大の原因が何を言うか。


あれから。
意識を取り戻したら目の前には見慣れた塔の天井があって。
生きてるのかとぼんやりと思っていたら、頬に衝撃が走った。
それが頬を叩かれたのだと理解する前に、今度は盛大な叫び声が耳に響いた。
「ルックの馬鹿――――!!!」
「……セノ、君ね」
「何馬鹿な事やってるんだっ! しかもあんな怪我だらけで帰ってきて!!」
寝起きの人間の耳元で何を叫ぶんだと言おうとして、今度は子供のように声を上げて泣き始めたセノに唖然とした。
いや、その怪我の半分くらいはクロスとシグールが原因だった気がするが。

ともかくセノを泣かせてしまったせいで、ルックはジョウイからも散々厭味攻撃を受ける羽目になり。
普段なら十倍にして返してやるのに、今回ばかりは正論で返されて反論らしい反論もできない。
けれど問題はその後だった。

シグールとクロスはあれだけじゃ足りなかったのか、セノとジョウイが言いたい事を言い切った絶妙のタイミングで現れ、愛の鞭という名の袋叩きとジョウイより遥かに高濃度の毒を吐いていった。
おかげで肉体的にも精神的にもぼろぼろだ。
やられた回数の割にはあちこちに青痣を作る程度で済んでいたりするので、手加減はされていたようだが。
「それくらいは自業自得だよね?」
ルックの思考を読んだように、クロスがくすくすと笑った。
「……なんで助けたの」
「助けない方がよかった?あのままだと君確実に死んでたけど」
「それでも、よかった」

自分では勝てないと最初から分かっていた。
最初から紋章を入れるただの『器』という存在。
その鎖を引き千切りたくても、最後までできなかった。

「セラまで巻き添えにして?」
冷えた声音で呟かれた一言に、息が詰まった。
「あの子はただの子供だよ。君は、君をあれだけ慕っていたあの子を巻き込んだ」
反論しようと開いた唇は、しかし言葉が見つけられずに閉じられた。
代わりに手摺にかけていた手に強く力を込める。

セラはセノの治療を受けて今は眠っていた。
すでに命の危険は脱したとの事だったが、あの時セノ達が間に合わなければ死んでいただろう。
「セラは、君のためになら死ぬ事も厭わなかったのかもしれない」
彼女はそれくらいルックを尊敬し、慕っていたから。
「けれど君はそれを止めるべきだったんだよ」
ルックはまだ俯いたまま。
「……なんで僕を連れて行ってくれなかったの?」
その言葉に、ルックがはっと顔を上げた。
真剣な瞳が自分を見つめていた。

ただでさえ白いその指が更に白くなるのを見て、クロスは小さく息を吐く。
「……前に、言ったよね。君に存在価値をあげるって」
同じような星空の下。
セラのために、クロスのために。
存在する意味をあげると。
「それだけでは足りなかった?」
「っ――言ったはずだ、僕は、それだけの理由で生きるなんてできない」
頭を振ってルックは叫んだ。
泣きそうに顔を歪めて、搾り出すように。
「僕は、ただの器でしか――」
「僕は君に救われた」
百五十年。
たった一人で生きるには、あまりにもその年月は長かった。
テッドのように親友との約束もなければ、セノやジョウイのように共に生きる相手もいなかったクロスは、最後の仲間が死んだ後、何も残らなかった。
彼らとの思い出があったけれど、自分の先には何もない。

がむしゃらに生きる事はできる。
目的がなくとも、存在価値がなくとも、人は確かに生きていける。
けれどそれはとても悲しい。

だから、ルックと出会って、存在価値をあげると言ったあの時。
それは同時にクロス自身が存在価値を見出した時でもあったのだ。

クロスは淡々と言葉を紡いだ。
ルックの返答を待つ事なく、自分の奥底にあった感情を吐露していく。
今まで一度も口にする事のなかった、この数年、ずっと胸に溜めていたもの。
「君が『何』であるか僕は知らなかったし、知ったとしても完全に理解することはできない」
その辛さは本人にしか分からない。

けどね、とクロスは目を細めて、言葉を出せずただクロスを見つめているルックに手を伸ばす。
「僕は今のルックしか知らない。過去の君は何であっても、僕にとってのルックは目の前にいるルックだけなんだよ」
ぐい、とルックを引き寄せて、クロスは肩口に顔を埋めた。
「生きてて、よかった」
その声は震えていた。
「だけど……」
「『誰かのため』以上の存在理由なんてないと僕は思うよ」
誰かに必要とされる事、それ以上の。

背中に手を回され、きつく抱きしめられた。
痣に触れられる痛みに眉を顰め、離れようとするが、力で敵うはずもない。
「ク――」

「……お願いだから」
僕の 側で生きてて。

聞いた事のない弱々しい声。
肩口の布が濡れているのが分かった。
いつも飄々として、常に人の上を行くような彼がこんな姿を見せるのは初めてで。
そろそろと背に手を回して、壊れ物に触れるかのようにそっと撫でた。

「クロス、僕はいつか同じ事をする」
「…………」
どんな言葉をかけられても、どんなに心を向けられても、心に沈んだ暗いモノは決して消えない。
けれど、シグールに、セノに、クロスに出会って。
馬鹿みたいな毎日を過ごす内に、いつからか、その澱みを忘れる時があったのを自覚していた。

「けど……さ」
もしあんたがどうしてもって言うなら、その時までは生きてやってもいいよ。
そう言うと、彼は小さく頷いた。
「その時は僕も手伝うよ」
ようやく離れた顔には、少しバツの悪そうな笑みが浮かんでいた。
「そろそろ中に入ろうか」
それに頷いて、ルックは夜空を振り仰いだ。
この居場所が居心地がいいと思ってしまう間は、大丈夫かもしれないと、何気なく思った。





 

 

 

 



***
どうしても耐えられなかったんです(叫
VができないのはこのEDのためと公言して憚らない私はルックが好きです
……よ?

開設祝いとばかりに浅月が永氷に押し付けました。
袋叩きが書きたかった。書き始めはただそれだけの理由です。