< El significado que existe en usted 5 >





最終決戦。
最後の紋章の化身が掻き消え、残るのは膝を折り、切れ切れに呼吸をしているルックのみ。
後は彼さえ倒せば全てが終わるのだと、剣を握り締めた手にも力が篭る。
ようやく終わる。
ごくりと唾を飲み込んで、最後の一撃を繰り出そうとした。




その時。















風が吹き抜けた、気が、した。








がこん、と盛大な衝撃音と共に崩れ落ちたのはルック。
ヒューゴ達は何が起こったか把握できず、行動を起こした人物に目を瞠った。

地面にうつ伏せに倒れ頭を抱えて震えているルックの背後に立っていたのは、黒を基調とした構成の服を着た、女性とも紛えそうな容貌の青年だった。
腰につけた剣の片方を鞘をに納めたまま握りしめ、クロスは足元のルックを見つめている。
どうやらそれで殴ったらしい。

浮かべている笑みは 見惚れそうなものなのに寒気を覚えるのは気のせいか。
「クロスさん……?」
なんでこんな所に。
呆然とヒューゴが呟く。
半年ほど前から仲間になってくれていた彼は確か、外で待機していると別れたばかりだったはず。

凛とした声が、不自然なまでに静まり返った空間に響く。
「ルック、君は何してるのかな?」
その言葉にルックは殴られたらしい頭を押さえつつ顔をあげ、その視界に彼を捉えた瞬間顔色が変わった。
「ク、クロ……」
「なんだか、随分と、笑えない事になってるみたいだねぇ」
その瞬間、ヒューゴ達の脳裏に、蛇に睨まれた蛙の図が浮かんだ。

「ホントにね」
ごん、と今度は鈍い音がした。
反論する間もなく 再び頭を抱えたルックの傍に現れたのは、赤い胴着に身を包んだ、これまた青年だった。
いつ自分達の横を通ったのだろう。
「……っ」
隣にいたフッチが息を呑む音が聞こえて、ヒューゴはそちらに顔を向けた。
フッチは新たに現れた乱入者を、瞠目して見つめていた。
その額には僅かに汗が浮かんでいる。
「フッチさん、知ってる人なの?」
「―――シグール、さん……」
掠れた声で呟かれた言葉に、ヒューゴは首を傾げた。
それがあの青年の名前だろうか。
……どこかで聞いた事のあるような。


後ろの方で誰かが身動ぎしたのが気配でわかったが、それだけだった。
手どころか口すら挟めない。
二人の視線はルックだけに向けられているのに、こちらまで牽制されているようだった。
「シグール、なんで、あんたまで」
「なんで?散歩でここまで来るわけないでしょ。何、そんな事も分からないくらい耄碌した?」
「いや、だから」
「突然いなくなった挙句こんな所で何やっているのか聞きにきたんだよ」
二人とも笑っているが、その目は全く笑っていない。
「言いたいことはそれこそ山の様にあるんだけどさ」
「とりあえず」

ばこっっと再び音がして、ルックが沈んだ。
「何すっ」

べし

ばこ

どかばき


ルックの抗議は次撃で黙殺される。
ヒューゴ達は目の前でいきなり始まった袋叩きにただ目を丸くしていた。
自分達が倒しにきたはずのボスが、目の前で、袋叩き。
しかも相手は瀕死の状態だったような。
倒そうとしていた敵のはずなのに、僅かな同情すら覚えてしまう。

「……あ」
その時不意に思い出した。
シグール=マクドール、その名を見たのは本の中。
「トランの……英雄」
ヒューゴの呟きに、クリスがはっと目を見開いた。
「なんでそんな人が」
「家出人を連れ戻しに、かな」
ヒューゴの問いに仲間内で答えられる者はなく、代わりに苦笑めいた声が聞こえた。

ゆっくりと姿を現したテッドは、驚きを露にしたヒューゴ達を見ると楽しそうに笑う。
「一応それくらいで止めておいてやれ。本気で死ぬぞ?」
「……足りない」
ぼそりと不機嫌そうに呟くシグールの頭をわしゃわしゃとかき回して、目でクロスを制した。
渋々といった感じでクロスは剣を腰に差し直し、柄を軽く叩く。

二人の様子にテッドはやはり苦笑して、足元で呻いているルックへと視線をやった。
「続きは連れ帰ってからな」
このまま二人の好きにさせると、直接攻撃に対しての防御力が非常に低い彼は本当に死ぬかもしれないから、一応ここは止めておく。
けれど今回のルックの行動はあまり褒められたものではないから、少々灸を据える必要がある。
(それに、こいつらの気持ちも分かるしな)
ルックの今回の行動を誰よりも怒っていたのはクロスとシグールで、同時に誰よりも心配していたのも彼らだったのだから。

「セノ達は?」
「セラを回復させて先に戻ってるってさ」
外にもまだ人がいたが、あの中にアップルがいたのを知っている。
彼らをよく知っている彼女なら、セノ達を倒そうとか捕まえようという無謀な事はしないだろう。

クロスはそう、と頷いて、ひょいとルックを肩に担ぎあげた。
「なにす」
「お前の意見は今回綺麗に無視されるからそのつもりで」
ごん、と棍の先で叩かれて、かろうじで意識のあったルックは今度こそ沈黙した。
「じゃ、行くか」

「……ちょっと待ってください」
投げかけられた言葉に三人が一斉に振り向いた。




鋭い視線に射抜かれて、ヒューゴは無意識の内に一歩下がった。
勝てない、とどこかで冷静な自分が呟いていたけれど、ここで退くわけにはいかない。
ここでみすみす彼らを見逃したら、自分達が今までしてきたことが無駄になる。
「その人をどうするつもりですか」
「連れて帰る」
きっぱりとクロスが告げた。

剣を構え、ともすれば震えそうな自分を叱咤する。
クロスはルックを担いだままだし、テッドもシグールも手の武器を構えようとはしない。
けれど、視線を向けられているだけでヒューゴは動けなかった。

「……貴方は、貴方達は、彼が何をしたか知っているはずです」
「知ってるよ」
「なら、どうして」
「――それでも僕らは彼を死なせたくないんだよ」
どこか自嘲めいた笑いを浮かべてクロスは言った。
「最初からそのつもりで……?」
この時のために仲間になったのかという問に、クロスは何も答えなかった。
返されたのは冷たい視線。
最初から仲間などとは思われていなかったのか。

「通さないと言うのなら力ずくでも通らせてもらうよ」
「……私達を相手にそれが可能とお思いですか」
答えたのは、ヒューゴではなく別の声だった。
数歩進み出てササライが手を翳す。
「帰させてもらうさ」
「ハルモニアを敵に回すおつもりで?」
「それはトランとデュナンを相手にするという意味かな」
すっとシグールの目が細められた。
同時に辺りの空気の質が変わる。

底冷えするような暗い雰囲気が辺りに漂い、
「シグール」
「……わかってるよ」
ふ、と息を吐き出して、シグールは紋章の発動をやめた。
同時にササライも手を引き、曖昧な笑みを浮かべたまま数歩下がる。
どちらも国を介入させようなどとは思ってはいない。

「          」
瞬間、シグールたち四人を闇が包んだ。
それが晴れた時、その場にはもう何もなかった。