< El significado que existe en usted 5.17>
ショック状態から、ようやっと立ち直ったヒューゴが、唯一事態を把握しているらしきササライへ視線を向ける。
「……どういう……」
「ま、僕はこれで帰らせてもらおうかな、ルックが拉致されたらそもそもの目的がないし」
「どういうことか説明しろよっ!」
「あー……」
視線を背けてササライは苦笑する。
彼のその視線を向けられたフッチは秒速で顔を背けた。
「なんで、トランの英雄がっ、あのっ」
「ルックは約二十年前のトランの戦争に協力してるんだ。ついでに、その三年後のデュナン統一戦争にも、ね」
そういう事。
分かった? といわれてさっぱりなヒューゴはササライを睨むが、僕にそれ以上聞かれてもと肩をすくめて誤魔化された。
「直接その軍にいた人に聞けばいいだろう?」
それ以上は本当に知らない、と言ったササライに見切りをつけて、早々に他の情報網をあたった。
「……えーっと、ルックを殴り倒したバンダナ少年は間違いなくトランの英雄、シグール=マクドールさんですね……」
フッチが頭痛を堪えているかのように、米神に指を当てつつ言った。
「セラを運び出したのはセノさんにジョウイさん……先の戦争での軍主と――まあ敵の大将です」
アップルの言葉によると故ハイランドの皇帝が実は生きていた。だがそれは、ここにいる人間にとっては旧知の事実か精々トリビアである。
「じゃあルックを担いでいったのと、後ろから出てきた茶髪の男は?」
そんなこと知っても今更どうにもならないのだが、ここまで知ったら最後まで知らないと気が済まないのかもしれない。
「それは、わらないわ……」
「綺麗な顔した灰茶の髪を持った赤いバンダナの男と、茶色い短い髪を持った落ち着いた……」
「うふ」
後ろから声が聞こえて、ざっと全員が振り返ると、そこには銀の髪を持った魅惑の美女・紋章師ジーンが立っていた。
「あらまあ、何しに来たかと思ったら……ふふ」
「ジーン、知ってるのか?」
「ふふ……どうでしょう」
いつもの彼女らしくそう返したものの、この状況下で知らないふりと言うのも問題だと思ったらしく、あっさりと口を開いてくれた。
「赤いバンダナの彼はクロス、持ってるのは罰の紋章。もう一人はテッド」
何がどうなってクロスがルックを殴り倒すに至ったかはジーンの興味の範疇ではないらしく、それだけを言うと彼女は立ち去ってしまおうとする。
「ちょっ――どういう人なんだっ」
「クロスは軍主、テッドはソウルイーターの元宿主」
ソウルイーター。
その恐ろしさを知るフッチとアップルは身震いをする。
そりゃあ、始まりの紋章である剣と盾も怖い。
真の風の紋章も怖い。
だが、生と死を司る紋章。なぜかこれだけカタカナ愛称付き、これだけ別格。
紋章そのものの恐ろしさも別格であれば、使ってる人間の怖さも別格と言う一品である。
アップルはちょっぴり、中にいて直接彼と顔を合わせたフッチに同情する。
「前の宿主か……」
青い顔して呟いたフッチを、アップルが同情をこめて肩を叩く。
その後、彼は軽く数年その日の事がトラウマになってしまったと言う。
「いくら英雄だろうが軍主だろうが、あんな事が許されるもんかっ! 今すぐ後を追って……」
「……ヒューゴ」
首を振りつつ、アップルはこの若い少年を窘めた。
「はっきり言わせてもらうわ、アレを倒したいなら世界中の二十七の真の紋章のうち、少なくとも十の適合者を集めてらっしゃい」
ちなみに、それで勝つ保証はしない。
ソウルイーターの恐ろしさを、アップルはしっかり目の当たりにしている。
あれはもう、人の域にいない人間が揮う悪魔の力に等しい(そこまで)。
黒き刃も、前回は輝く盾が味方だったので鷹揚に構えていたが、アレを敵にまわすほどアップルは人生を捨ててもいなければ無謀でも、ましてや馬鹿でもなかった。
ましてや、罰の紋章などと言う文献さらってもおそらくろくすっぽ出てこないおっそろしぃ代物については、言及もしたくない。
「ヒューゴ」
アップルは視線を伏せて言い渡した。
「クリスとゲドには私から話しておくから、諦めなさい」
追いたければ追え。
視線を空に彷徨わせて、フッチは嘆いた。
したけれりゃぁしろ。
その代わりこっちは巻き込まないでくれ。
軍主として敵へ突っ込んで行っていた、一撃必殺Wリーダー攻撃をばかすかかましていた、あの二名を敵にまわすのは、彼らを知る面々にとって、愚行以外の何物でもなかった。
結果。
「……賢明なご判断です」
クリスとゲドが話し合った結果、あの敵の仮面及びその一味を連れ去った正体不明の人物達の事はいなかった、あるいは天災だと思ってすっぱり忘れ、グラスランドの鎮静にこれより精を出し、ハルモニアとはとりあえずちょっかい出さないように言い含めてササライを追い出すという結論に達した。
もちろん、不満げな人物が約一名いたが。
「どうしてっ!」
「私はまだ死にたくありませんから」
「…………」
クリスがやや青ざめた顔で呟いて、ゲドが無言で視線を逸らした。
「でもっ、これだけの人数で攻めれば」
「……ヒューゴ、「罰の紋章」はな、船隊を丸々一撃で沈めるそうだ」
「……は?」
ゲドは、無表情のまま繰り返す。
「「罰の紋章」は、船「隊」を丸々一撃で沈める」
「船「隊」を?」
戦艦じゃなくてか。
船隊か。
「そんな物を相手に戦ってみろ」
そこはかとなく遠い目で、ゲドは言った。
「――グラスランドが壊滅だ」
無論、対峙していた全ての勢力は言わずもがな。
「……よかった……相手が風で……」
何かをしみじみと深く悟って、ヒューゴは深く項垂れた。
***
ごめんヒューゴ。
悪気はないんだ。
うん、ないんだ(嘘つけ