< El significado que existe en usted 4 >
人の気配が周りにないことを確認して、伝書用に躾けられた鳥を飛ばす。
間に合うだろうか、と黒い鳥が闇に溶けるのを見送って、クロスは小さく息を吐いた。
最終決戦が近い。
最近遠征らしい遠征がなかったり、その割に本拠地の至る所が騒がしく、会議も頻繁に行われているのがその証拠。
できる限り本拠地から出ないようにとも言われている。
ジーンと知り合いだという事で比較的ヒューゴ達とも親交ができたクロスだったが、一応一介の旅人ということになっているので詳しい所までは知らされていない。
しかし自分の勘が、その時を告げていた。
近づいてくる気配に僅かに目を細めた。
かつん、と石畳に靴の当たる音が響く。
「こんな夜中にどうしたんですか?」
「それはお互い様でしょう?」
投げかけられた問に返して振り向くと、青の神官服を着た男性が柔和な笑みを浮かべて立っていた。
ハルモニア神官将ササライ、つい先日仲間になったばかりの人物だ。
ほんの数ヶ月前まで衝突していた勢力になぜ手を貸す気になったのかクロスは知らない。
けれど、剥きだしにされたササライの手に紋章がないのを見留めて、なんとなく予想はついていた。
ルックに奪われたのであろう、本来そこにある紋章。
「こんな時間にこんな所に来るなんて、どうかしたんですか?」
いくら仲間になったとは言え、まだササライに不審の声を上げる者は多い。
人のいいこの城の持ち主――今回の天魁星――やヒューゴ達は信じているようだが、
こんな時刻に外に出ていたら疑ってくれと言っているようなものだ。
もっとも自分も人の事を言えないが。
「いえ、月が綺麗だったのでお月見でもと思いまして」
分かっているのかいないのか、のほほんと答えてササライは歩を進める。
クロスの横まで歩いてきて頭上を見上げるその容貌は、クロスの知己に良く似ていた。
ルックとササライ。
この兄弟は近くで見ると確かによく似ていたが、
いつも無表情でぴりぴりしていたルックと人当たりのいい笑みを浮かべているササライとでは、受ける印象は真逆と言っていい。
けれど今はどこか焦った印象も取り繕われた表情の隙間から窺えた。
クロスの視線に気付いてササライが苦笑した。
「別にこの戦いが終わるまでは貴方達の味方ですよ」
だからそんな睨まないでくださいと皮肉を言われ、クロスは笑みを口に乗せた。
「疑ってるわけじゃないですよ。それに僕も似たようなものですから」
「似たようなもの?」
「僕も完全な彼らの仲間というわけではないですから」
意志も目的も違う、けれど、打破すべき問題が同じ集団。
集結した一〇八の星。
かつて自分も通ってきた道がここにもまたある。
しかし自分がここにいるのは、彼らに力を貸すためではない。
むしろ最後に彼らの行動を無にする存在だ。
「貴方だってそうでしょう?」
戦いが終わるまでは、という事は、その後は敵対する意志があるという事。
そもそもグラスランドとハルモニアは敵対関係にあるのだから当たり前なのかもしれない。
「……貴方の目的とは何なのですか?」
「それ、そのままお返ししたら答えられます?」
確認するような目を向けられて、ササライは戸惑った。
ルックから奪われた紋章を回収してハルモニアに帰る事。
世界の崩壊を防ぐ事。
そして……自分の命を繋ぐ事。
なんにせよ、
普通の人間に話せる事ではない。
ササライの様子にクロスは微笑んで、月を見上げた。
満ち欠けはするものの、降り注ぐ光は変わらない。
日の光よりも心地良いのは、昼間は自分には眩しすぎるからだろう。
「僕は大切なものを取り戻したいんです」
その言葉にササライは隣に立つ青年を見た。
「貴方も取り戻したいんでしょう?」
目線があって微笑まれる。
「お互い頑張りましょう」
やんわりと紡がれた言葉に威圧感はないはずなのだが、ササライはそうですねと返すのが精一杯だった。