< El significado que existe en usted 2 >
宿家の一室。
窓は閉め切られ電気も点けられていない中、机の上で灯された蝋燭だけがぼんやりと周りを照らしている。
まるで百物語のような雰囲気の中、それは始まった。
「では、ただいまより作戦会議を始めます」
真剣な顔で言うクロスは、しかしその顔は笑っている、目以外は。
はっきり言って非常に怖い。
グラスランドに着く事一ヶ月。
その間地道に聞き込みをしたりして手に入ったのは、これまた頭を抱えたくなるような事実だった。
破壊者と名乗る一行が真の紋章狩りをしている。
その頭である仮面の男がどうやら真の紋章を持っているらしい。
その他集まった情報を元に弾き出された結論は、その仮面の持ち主兼元神官将がルックであるらしい事。
よりによってハルモニアに敵対。
しかも、更に厄介な事に、再び現れた『炎の運び手』の集団とも対立しているらしい。
「連れ戻すって言ってもさ、普通に引き摺って来ればいいんじゃないの?」
「それが一番簡単なんだけどね」
セノの至極真っ当な意見にジョウイが苦笑する。
温和な彼が『引き摺って来る』という表現を使うあたり、相当怒っているのが見て取れる。
数年間全く音沙汰なしで、消息が掴めたと思ったら騒動の渦中・・・寧ろ騒動を引き起こしているのだから、流石のセノも頭に来たようだ。
それでもこの中ではそれが一番妥当かつ普通、そして穏やかな意見だろう。
ここにいる自分を含めたメンバーがその程度で納得するはずがない。
『人に心配をさせておいて普通に帰ってこれると思うな』を、嘗て身をもって体験しているジョウイの意見である。
今にして思えば、相手がセノでよかったと心の底から思う。
微妙な沈黙が流れる中、ぼそりとクロスが呟いた。
「・・・・・・・・・・・・・この際だからさ、しばらく好きにやらせておこうかなーとか思ってるんだけど」
「で、最後の最後で乱入して袋叩き?」
「そうそう」
「「・・・・・・・・・」」
クロスの言葉を継いだシグールにクロスが同意し、テッドとジョウイは思わずここにはいない風使いに同情の念を寄せた。
ルック、お前はハルモニアより敵に回してはいけない人物を敵に回してしまった。
そんな事を考えられているのを知ってか知らずか、シグールとクロスはにこやかな笑みを交わしている。
「妥当だよね」
「殺されないだけマシと思ってって感じで?」
至極楽しそうに言うシグールに、テッドとジョウイは笑うしかない。
それでも止める気はないらしい。
「問題はその『最後の最後』が何時かじゃないか?」
「それだよね」
「どうせなら最終決戦とかじゃないと面白味が半減するし」
面白味を求めるなよと思わず突っ込みたくなったが、無理矢理飲み込んで続ける。
「セノのおかげで大体の位置はわかっても、いつ戦いになるかわからないからな」
「下手すると間に合わないって事になると笑えないしね」
その場に乱入する事はそれほど難しくはない。
けれど、問題として情報不足があった。
グラスランドとハルモニア、そしてルック達の動向を、リアルタイムで探る術をシグール達は持っていない。
「誰かが直接行ったら?」
今まで口を挟まなかったセノの一言に、全員がそちらを振り向く。
「どうやって?」
「え、だから、その炎の運び手さん達の所に行って『ルックを助けたいので一緒に行かせてください』ってお願いすればいいんじゃないの?」
「・・・・・・ジョウイ、もう少しセノに色々教えておけよ。世間の常識とか駆け引きとかさ」
「そこがセノのいい所なんだよ・・・」
セノは極々真面目に言っているのは分かるのだが、それを実行したら確実に捕まるだろう。
彼らにとっての『敵』を助けたいなどと言っているのだから。
疲れたように額に手を当てるテッドに、ジョウイも微妙な笑みを浮かべて返した。
「ああでも、それはいいかもしれない」
「クロス何言って」
「潜入すればいいだろう?」
現地に行けば情報はリアルタイムで入ってくるし、本人達が行けば間に合わないかもしれないという心配もなくなる。
「もちろん正直には行かないけど。協力者として潜りこめばいいんだよ」
「・・・・・・確かに」
「でも誰が行くんだ?」
「あ、シグール・セノ・ジョウイは問答無用で却下な」
行きたいと名乗りを上げるより早く釘を刺されて、シグールは口を尖らせた。
その様子にクロスが苦笑する。
「君達は有名だからね」
トランの英雄、デュナン国王、元ハイランド皇王。
名前も顔も知れ渡っている3人は、潜入には不向きだ。
「それに知り合いがいるかもしれないしね」
そうしたら面倒だろうと言われてしまえば引き下がるしかない。
「・・・・・・そうだね」
「だったらテッドかクロスか」
「お前だと万が一バレたらやばいだろ」
セノのように敏感ではないとしても、紋章の気配が分かる人物がいるかもしれない。
ルックに敵対する集団といえば少なからずハルモニアが関わってくるわけで、紋章持ちという事が露見すると非常に厄介だ。
「でも、テッドはシグールと離れすぎると問題あるだろ」
ソウルイーターの眷属であるテッドは、紋章から離れすぎると魂を留めていられない。
けれど、そんな国ひとつ隔てたくらいの距離でどうこうなるわけでない。
テッドの言わんとする言葉に気付いて、クロスは苦笑交じりに続ける。
「それにシグールの機嫌をこれ以上損ねるのもどうかと思うし?」
その言葉に、テッドは確かにと顔を顰めた。
ルックの勝手な行動にクロスの次に腹を立てているのは実はシグールで、そこにテッドまで別行動となると万が一の場合誰が彼を止めるのか。
だから僕に行かせて、と微妙な脅しのニュアンスを含んだ笑顔で言われれば、了承するしかない。
「それじゃ潜入するのはクロスという事で決定な。但し、絶対に焦って一人で行動しない事」
わかってんのかと半眼で睨まれて、クロスはわかってるよと頷いた。
コンコン、と鈍い音が耳に届いて、閉じていた瞼を上げ、クロスは身を起こした。
早速とばかりに明日出立する事が決定し、今日は早めに寝ようという話になったのだが、時刻はすでに夜半だ。
「クロス、起きてるか」
「・・・・・テッド?」
こんな時間に何かあったのだろうかとドアを開けると、両の手にマグカップを持ったテッドが笑みを浮かべながら立っていた。
鈍いと思った音は足でドアを蹴った音か。
「どうかした?」
「まだ起きてると思ったからさ」
とりあえず中入っていいかと言うテッドに首肯して部屋に招き入れ、持ってきたマグカップの片方を受け取った。
中身はほんのりと湯気が立ち上るミルク。
椅子に座って話が切り出されるのを待ってみるが、テッドはなかなか言おうとしない。
痺れを切らしたクロスがシグールやセノ達には言えない話かと訊ねると、テッドは自分の分を一口啜って言った。
「あんま気張るなよ」
クロスは何も言わず、ミルクを口に含んだ。
僅かに甘く、けれどしつこくはない味が口に広がる。
そういえばルックはこれに蜂蜜入れたのが好きだったよなと何気なく思い出した。
「どうして起きてると思った?」
「なんとなくかな」
まるで自分の心境を見透かされているようで、伊達に300年も生きてないかと言ったら軽く足を蹴られた。
「・・・・・ねぇテッド」
マグカップを握り締めると、陶器越しにほんのりとした温度が伝わってきた。
それを感じつつ、クロスは目を閉じて搾り出すように言う。
「ルックはさ、自分は人じゃないって言ったんだ」
二人で暮らすようになってから、一度だけ、月の下で僅かに垣間見た彼の本音。
人ではないと言った彼は泣きそうで。
僕らだって同じだと返したけれど、ルックが言いたかったのはそういう意味ではなかったのだろう。
かつては普通の人間だった者と、最初から普通ではない者では、やはりどこかが違う。
「どれだけ歩み寄ろうとも、僕にはルックの気持ちはわからない」
だって僕はルックではないから。
ルックがハルモニアに牙を剥いたと知った時、驚きよりも納得が先だった。
連れ戻そうと勢いで言ってはみたけれど、他のメンバーもそれに乗ってくれたけれど、本当は自分がどうしたらいいのか分からない。
ハルモニアに少人数で挑むのは自殺行為だ。
それはきっとルック自身も分かっている。
彼が死ぬのは見たくない。
けれど、ルックの決めた事を自分が捻じ曲げようとしているのが、果たしてやっていい事だとは思えなかった。
きっとギリギリまで抗って決めた事を、自分のエゴで止めようとしていいのか。
頭の中を駆け巡るのは、あの月の輝きと切り裂かれるような声音。
「ま、そうだよな」
テッドは小さく息を吐いて、ゆらゆらとカップを揺らした。
部屋の中に沈黙が落ちる。
窓の外で木々の擦れる音と、風が窓を叩く音が夜闇に響いた。
「・・・・・・頼って、欲しかったんだけどな」
吐き出すようにクロスが呟いた。
あの時の言葉は、共に過ごした時間は、彼を癒す事ができなかったのだろうか。
黙って出て行った彼にも怒りを覚えたけれど、止められなかった自分の無力さにも腹が立った。
「・・・・・そんな事はないだろ」
くしゃりと髪を掻きあげられて、クロスを目を開けた。
「お前といる時のあいつは楽しそうに俺には見えたけど?」
からかわれて怒ったり不貞腐れたり、自分達の前で笑っている姿を見た事はほとんどなかったけれど、その時のルックはありのままでいられただろう。
「とりあえずあいつに会って、それから決めろ。止めるのも続けさせるのも、お前の好きにすればいい」
一発殴ってやるんだろう、とからかうような口調で言うテッドに、クロスは小さく頷いた。
会いたい。
自分勝手でもエゴでも何でもいい。
見つけたら、文句を言って、殴って、それから。
それからもう一度話したい。
抱きしめたい。
決意が固まったらしいクロスの様子にテッドは満足そうに笑む。
「早く飲まないと冷めるぞ?」
「・・・・・・・ありがとう」
ぼそりと呟かれた言葉にテッドは目を僅かに開いて、気にするなと手を振った。
その言葉が何に掛かっているから問わない事にしておこう。
「俺達もあいつの行動には腹立ててるからな」
「そうだね」
やっぱり一撃じゃ足りないかな、とあながち冗談ではないかもしれない言葉を口にして、クロスはカップの中身を飲み干した。