< El significado que existe en usted 1 >





ルックが消えた、と血相を変えてクロスが駆け込んできたのは三日前の出来事。
テッドを連れてきたクロスは、今はルックと共に魔術師の塔に腰を落ち着けているはずだった。
ここ数年はセラという女の子を引き取って修行をさせていたようだったけれど、概ね平和に暮らしているようで、最近はこの辺りも平和でのんびりできていいねなんて話していたというのに。

クロスの話では、彼が所用でしばらく塔を空けている間にルックが姿を消したと言う。
しかもセラまで連れて。
ルックが何も言わずにどこかに行くのは日常茶飯事だが、クロスの教育の賜物なのか、幸いセラはそんな師匠には似ずに、どこかに出かける時は必ずクロスに一言残してから出かけていた。

クロスがいない場合にはきちんと置き手紙を残していくほど律儀なのに、今回に限ってそれがなかった。
二人が同時にいなくなって、数日経っても連絡すらないのはさすがにおかしいと感じたクロスは、何か聞いていないかとシグールのところにやってきたのだった。

何も聞いてないよねぇ?
お互い顔を見合わせ首を傾げ、セノにも聞いてみようとテッドが提案してジョウイとセノを訪ねたところで、発覚したのはとんでもない事実だった。











クロスは数度瞬いて、数秒前に聞いた言葉を反復した。
「……ハルモニア?」
「たぶん、そうだと思うんですけど」
でも間違ってるかもしれませんし、と自信なさ気にセノは言うが、実際に彼が間違えている確率は低い。

始まりの紋章は全ての紋章の母のような存在であり、他の真の紋章の居場所を特定する能力に長けている。
セノが付けているのはその片割れである盾の紋章であり、ジョウイの剣の紋章に比べてその力は強い。
それに、ある程度行動を共にしているルックの紋章の気配もよく知っているはずで。

そのセノが、 ハルモニアにルックがいるというなら本当にそうなのだろう。
「また厄介な所に……」
シグールは思いもよらない結果に深い溜息を吐く。
よりによって、というのが正直な感想だ。


ハルモニアといえば世界有数の大国であり、シグールやクロス達にとっては迷惑の代名詞みたいな国だ。
何のためかは知らないが真の紋章を集めていて、十年程前にはハイランドを通じて都市同盟(現在のデュナンだ)にも色々ちょっかいをかけてきたという前歴がある。
そして彼の国の頂点に立つ者も、また真の紋章の持ち主。

だから、極力関わり合いになりたくなかったのだが。
「ルックって、たしかハルモニア出身なんだよねぇ?」
里帰りかなとなんともほのぼのとした事を言うセノ。
「でもルック、あの国を心底嫌ってた節があるからな……」
親心つけば里心。
そんなものがルックにあるとは思えない。
しかもセラまで連れていくとは。

これは帰ってくるまで待つしかないんじゃないかと思ったジョウイは、部屋の一部が徐々に冷ややかになっていくのに気付いた。
中心源は、ルックの同居人。
相変わらずの笑顔を浮かべ、けれど徐々に刺々しさを増してくる空気に、ジョウイは思わずのけぞった。

ちなみに今の席は、クロス、シグール、テッドの向かいにジョウイとセノが座る形となっていて、つまりはジョウイの真正面がクロスに当たる。
隣のシグールは気にした風もなくセノが淹れたお茶を飲んでいる。
なんで自分だけ、とジョウイは自分の席位置を恨んだ。
……単に他のメンバーは気付いていないか無視しているか流しているだけだが。


「……別に里帰りはいいんだよ、いいんだけどさ」
嫌っていたはずの故郷に帰ったっていい、寧ろそれはいい事かもしれない。

ぴしり、と何かに罅が入るような音が聞こえたのは気のせいか。
「なんでセラまで連れていくわけ。しかも僕になんの断りもなく」
帰ってきたらお説教かな、と静かにのたまった彼の笑顔は、後にも先にも片手の数に入る怖さだったと後にジョウイは語る。

 


もっとも、この時は全員が深く考えてはいなかった。
何を思ってハルモニアに行ったかは知らないが、その内帰ってくるだろう、そう思って。
けれど、その予想が見事に裏切られたのは一年余り経った後。


さり気なくハルモニアの動向を探らせていたシグールのところに、ハルモニアで仮面を被った妙な者が神官将となり、その後紋章を持って逃亡したという連絡が入り。
同時にルックがハルモニアを出たとセノが察知し。
そして、ハルモニアがグラスランドに侵攻を始めたという情報が、風の噂で流れてきた。

「いっそここまでくると関連性がない方がおかしいよね」
マクドール家。
グレミオが淹れてくれたお茶を前にして、五人が顔を突き合わせていた。

「その神官って、やっぱりルックかな」
「『仮面』って辺りが気になるけどね。行動の時期的にはルックだと思うよ」
「グラスランドの侵攻もルックと関係あるのかな」
「……あまり関係はないと思うぞ」
「テッド?」
何でそんな事が言えるのさと尋ねてきたシグールに、肩を竦めて答える。
「今回のグラスランド侵攻は、単に不可侵条約の期限が切れたからだ」
「「「……不可侵条約?」」」
そんなものが結ばれていたなどと耳にしたこともなかったシグール、セノ、ジョウイがオウム返しに聞く。
「そっか、もう五十年経つんだ」
「クロスも知ってたの?」
「僕はシエラに聞いた」
テッドはその場にいたのかな、と話題を振られて、テッドは首を横に振った。
「近くにはいたけど、参加してたわけじゃない」

「なぁ、その不可侵条約ってなんなんだ?」
今まで知られていなかったという事は、密約の類だろう。
テッドはお茶で喉を潤すと、どうせ期間切れだしと話し始めた。

「五十年前まではハルモニアとグラスランドは仲が悪かったわけ……今も悪いけど、あの頃は紛争ばっかだったな。
 で、ある時『炎の運び手』っつー集団が現れた。その頭が『真なる炎の紋章』を持ってたんだ。
 この辺りは実際見たわけじゃないし詳しくは言えないんだが……何かの弾みで紋章が暴発を起こしたらしい。
 当然紋章を宿していた奴は死んじまって、しかもそれが戦闘の中だったもんだから、ハルモニアもグラスランドも大ダメージ。
 このままじゃ双方ぶっ倒れちまうってわけで、五十年間の不可侵条約を結んだわけだ」

「……相変わらず詳しいねぇ」
五十年前を『あの頃』で片付けてしまうあたり、年の功というかなんと言うか。
「じゃぁルックとはあんまり関係なし?」
「正直な話、見に行かないと分からないと思うけど」
「それじゃグラスランドまで行ってみるか?」
そこまでならハルモニアに気付かれる事もないだろう。
こうして五人はグラスランドへ赴く事になった。