岩山の頂上近くにある洞窟にいたのは一匹の鬼でした。鬼の周りには沢山の魚の骨が落ちています。
びしっと饅頭太郎は鬼に指を突きつけて、宣言します。
「このあたりの魚を乱獲する不届き者め! 退治してくれよう!」
「は!?」
突然の宣言に、鬼はきょとんとしています。
自分の周りに転がっている魚の骨を見回して、それからふるふると首を横に振りました。
「いや、俺は魚を普通に捕って食べてただけで」
「問答無用!」
「人の話を聞けよ!」
鬼は叫びました。
饅頭太郎は少し考えて、仲間に聞く事にしました。
「どうしたらいいかなぁ」
「とっとと退治して帰ろうよ」
「聞かなくていいんじゃない」
「聞いてあげましょうよ」
「じゃあ多数決でさっくりヤる方向で」
「お願いです話を聞いてください」
「……仕方ないなぁ……」
土下座する鬼に、饅頭太郎は仕方なしに剣を収め、鬼に視線を向けました。
ぐだぐだ話したら退治する、と視線が語っています。
饅頭太郎に異様な気迫を感じた鬼は、かいつまんで話し始めました。

鬼は昔からこの島に住んでいました。
ちょっと不思議な力を使って、普通の人にはこの島は見えないようにしています。
今まで鬼は魚ではなく飛んでくる鳥を捕って食べていたのですが、つい先日、たまたま砂浜に流れ着いた漁師が鬼に魚をくれました。
それがとてもおいしくて、それ以来鬼は鳥を食べるのをやめて、魚を食べるようになったのでした。

「……それだけ?」
「それだけだよ! 別に誰の漁の邪魔もしてねえよ!! 魚捕りに出た時に姿くらいは見られたかもしれねーけど……」
「鬼が鳥を食べなくなったから、鳥の数が増えて魚が食べられたとか」
「なるほど!」
「そんな食物連鎖が変わるほど食べねぇよ!!」
「じゃあなんでさ」
「……単なる不漁なんじゃねえの」
「それじゃ話がつまらないじゃないか!」
「面白さで退治されてたまるか!!」
ダメだこいつら! と鬼は見切りをつけて襲いかかってきました。



◆◆◆



その頃森の奥の家では、赤ずきんの到着を今か今かと待っている人影がありました。
「遅いなぁ……道に迷ったりしてたらどうしよう……」
何度目とも分からない呟きを零します。
朝出発したのであれば、とっくに着いていてもいい時間です。

「まさか、森の中で何かあったんじゃ……!」
森の道はほぼ一本道ですが、恐ろしいオオカミが出るという噂もあります。
「やっぱり迎えに行こう!」
これ以上待ってなどいられないとばかりにいきりたったところで、後ろから思い切り殴られました。
振り返ると、フライパンを手にしたおばあさんが立っていました。
「人の家の前でうろうろうっとうしいね」
「だからって婿をフライパンで叩くか!?」
「蝿と同義だよね」
「…………」
やっぱりこの義母とは相容れない、と赤ずきんのお父さんは心の中で思いました。

「あ、おばあちゃんと……おとうさんだ!」
その時かわいらしい声が聞こえて、お父さんはばっと振り返りました。
そこには大きなバスケットを持って、頭に花輪をつけた赤ずきんが立っていました。

赤ずきんはお父さんの姿を見て嬉しそうに顔を綻ばせました。
「おとうさん、お仕事じゃなかったの?」
「用事があってこの近くまできたから、家に顔を出したんだ。そうしたらセノがここに行ったって聞いたからね」
「じゃあ途中で追い抜かれちゃったんだね」
「花畑で寄り道してたんだね」
「えへへー」
赤ずきんは頭の花輪に触れてぺろっと舌を出しました。
寄り道はいけない事ですが、可愛いのでお父さん的には無問題です。
「赤ずきん、誰こいつ」
「おとうさんだよー」
「オ……オオカミ!?」
親子の会話に割って入ってきたオオカミに、その存在にようやく気付いたお父さんはぎょっとしました。
「セノ、今すぐそのオオカミから離れるんだ!」
「?」
いきなり言われても、赤ずきんは首を傾げるだけです。
オオカミは胡散臭いものを見る目を返し、おばあさんは我関せずと傍観を決めこみます。

「オオカミさんはいいオオカミさんだよ?」
「オオカミは危険だ! 食べられたらどうするんだい!」
「えぇ?」
いきなりそんな事を言われても、赤ずきんは困ります。
「オオカミさん、僕を食べるの?」
「僕は人間よりクッキーが好きだなぁ」
「だよね〜」
のほほんと顔を見合わせて笑う赤ずきんとオオカミに、お父さんは焦れました。
お父さんにとって、赤ずきんを誑かす不埒な輩はオオカミだろうとなんだろうと排除すべき敵です。
おばあさんが持ってきたフライパンを掴んで、お父さんはオオカミに向けて突進しました。
「僕の目が黒い内は、赤ずきんは嫁にはやらん!」
「おとうさん!?」
赤ずきんが驚いて声をあげます。しかしお父さんは止まりません。
迎え撃とうとオオカミが一歩前に出て。

ズガーン

一発の銃声が鳴り響きました。



◆◆◆



うっすらと霧のかかった森の中を、テッドは一人歩いていました。
森はしんと静まり返っています。
さっきからずっと歩いているのに、生き物の姿が見えません。
いえ、気配はするのですが、まるでなにかに怯えているかのように縮こまっているのです。
これでは人間はおろか、動物に出会う事すら望み薄です。

「……どうすっかなぁ」
今の格好のままで歩き回っていたら、いずれ風邪をひきかねません。

今のテッドは、最初の時よりもずっと小さくなっていました。
扉をくぐるにはこの大きさになるしかなかったのですが、そのせいで服がぶかぶかになって全部脱げてしまったのです。
今はペチコートをワンピースのようにして、なんとか人間としての尊厳を保っています。

剥き出しになった肩を擦って呟いていると、右の茂みがごそごそと動き、何かが飛び出してきました。
「お」
人間かあの言葉を喋るウサギだと楽なんだけどなぁ、と期待を込めて見たテッドの目に映ったのは、揃いの服を身に纏った美少年二人と、剣を提げて剣士の格好をした小さな青年でした。
そして三人は、テッドのよく知る友人達と同じ顔をしていました。

「ササライ、ルック、ジョウイ!?」
テッドの言葉に三人は反応を示さず、テッドの格好を見つめて口々に言います。
「ないな」
「ないですね……」
「その格好はないだろ……」
「……服が伸びたんだから仕方ねえだろが!!」
呆れと哀れみとどん引きの視線を三人から向けられて、テッドは叫びました。
長い金髪を後ろでひとつに縛った、ジョウイそっくりの青年が呟きます。
よく見ると、服の裾から細い尻尾がぴょろりと出ていました。どうやら彼はネズミのようです。
「どこのター○ンだよ……」
「…………」
別の森の王者になりたいとは思っていない、とテッドは反論したかったのですが、格好が格好でしたので、反論しても空しいだけでした。

「これが救世主とか考えると涙が出てくるんだけど……」
「これはない。なかったことにしよう」
「でもこれくらいの方が……」
双子が額を突き合わせて、何かぼそぼそと会話しています。
突然現れた彼らは何者なのだろう、と疑問に思っていると、ジョウイそっくりのネズミが道端に視線を向けました。
釣られるようにテッドの視線もそちらへと向かいます。

そこにはとても大きなキノコのかさがありました。
その上で白い煙がもくもくと上がっています。
その煙はどんどん量を増やしていったかと思うと、辺り一帯を覆ってしまいました。
霧よりもずっと濃い靄が辺りを包みます。けれど煙臭くはありません。
深く吸って確かめてみると、それは煙ではなく水蒸気でした。

水っぽい匂いと共に水蒸気を吸い込んだテッドは、キノコの上に誰かがいる事に気付きました。
「…………」
それは、大きな布を体にゆったりと巻きつけた芋虫でした。