<おすそわけにはキスひとつ>
「まったくもう……こんなに散らかして」
腰に手をあてて、クロスは大仰に溜息をひとつ吐いてみせる。
クロスの目の前には、床に転がる大小の酒瓶と、床に転がった人体ふたつ。
片方はワクだろうに何を酔いつぶれたみたいな事になっているのか。
どちらにせよ溜息が耳に届いていないのはたしかだ。
このまま朝まで転がしておいてもいいのだけれど、この季節、昼間はいいが朝晩はまだ転がって寝るにはいささか気温が低い。
気付かないならばいざ知らず、知っていて放置は自分の性格上、かなしいかなできないのだった。
ソファにかけてあったブランケットを床にうつぶせになっているテッドに頭から少し乱暴に被せる。
身じろぎひとつしないのだから、たいしたものだ。
シグールの方はどうしようかと考えて、明日も朝から会合があるとかなんとか言っていたのを思い出す。
……会合の前夜に酔い潰れていていいんだろうか。
とりあえずベッドにくらいは運んであげようと、仰向けで寝ている手から酒瓶をそっと抜き取る。
「シグール崇拝してる商人達が見たら泣きそうだなぁ」
酒瓶抱えて幸せそうに寝ている少年、という構図はなんというか何かに引っかかりそうである。
中身はとっくに成人しているから問題ないのだけれど。
軽くゆすって、起こすのを試みる。
身長はクロスの方が高いけれど、同年代の体躯をベッドまで運ぶのはなかなかに大変なのだから、自力で歩いてもらえる方がありがたい。
「シグール。起きて」
「……ん〜」
「ほらベッドまで自分で歩いて」
むずがるように呻いて横を向くシグールを、寝かせまいと腕を軽く叩いて覚醒を促す。
そのうち意識が持ち上がってきたのか、瞼がゆるく開いてクロスの方を向いた。
瞼は半分しか開いていないが、完全に寝落ちている状態よりもずっといい。
「ねむい」
「はいはいだからベッドで寝てね」
「クロスはこんでー?」
のろのろと両腕をあげてぼけた声を出すシグールに溜息を吐く。
「しかたないなぁ」
手首の先をぶらぶらと揺らしてねだるシグールにの脇に腕を通し、横抱きに近い形で持ち上げる。
小さな子供のように軽々とはいかない。
これだったら寝てる状態のを俵抱きした方が楽だったかもしれないと少し思った。
満足なのか、えへへへへと笑いを零しながらシグールがクロスの首に抱きついてくる。
「シグール、お酒臭い」
「だってのんだしぃ?」
「なにごともほどほどが肝心だよ?」
飲む酒が口当たりのいい、高いものばかりなのがいけないんじゃなかろうか。
それともワクのテッドが一緒だから釣られて飲んでしまうのだろうか。
どちらにせよ、あまり目につくようなら執事に頼んで酒量を制限してもらうべきではなかろうか。
……それができたら苦労しませんと逆に泣きつかれそうだ。
「酔ってもクロスが運んでくれるからいいもーん」
「あのねぇ」
僕だっていつもいるわけじゃないんだから、と酔っ払いに返答しながらクロスは更に溜息を重ねる。
それがおきに召さないようで、シグールは半分ねぼけた顔でむぅ、と膨れた。
「クロス、ノリが悪い」
「酔っ払いのテンションについてけないだけだよ」
「仲間はずれにされたのすねてるの?」
「そういうわけじゃないけど」
酔っ払い特有のふわふわとした思考回路に苦笑を落とすと、シグールは何を思ったか、ぐい、とクロスの顔を引き寄せた。
「おーすそわけー」
ちゅう、と触れた唇の隙間から吸い込む空気は酷く酒気を帯びていて。
「…………」
「クロス、顔が怖い」
「とっとと寝なさい酔っ払い」
ぶらぶらと足を揺らすシグールに危ないよと一喝して、クロスはシグールを寝室に運んだ。
***
<クロス×シグール>
ただの悪酔いしたよっぱらいと介抱担当。
(オマケ)
シグールをベッドに転がして酒瓶を片付けに部屋に戻って、クロスは床の上で相変わらず転がっているブランケットの塊を冷ややかな目で見下ろす。
そのままブランケットを全体重をかけて踏みつけた。
「いてぇいてぇいてぇ!」
「酔い潰れて寝てたんじゃないの」
「わかってるなら踏むなよ。普通に起こせよ」
「寝てなかったくせに」
「途中までうつらうつらはしてたぜ?」
お前の気配がしたあたりで起きてはいた、としれっと言うテッドに、じゃあ最初から起きててよとクロスはまた溜息を吐く。
「ほら起きて。ここ片付けるの手伝ってよ」
「俺も酔っ払いだしぃ?」
「寝言は寝て言え」
「シグールとの対応の差がひでぇなぁ」
床に転がったままにやにやと笑うテッドを見下ろして、クロスは眉を寄せる。
にやついているが目が笑っていない。
さっき、シグールがじゃれついてきた時に感じた視線はやっぱりこいつか。
「むかついたなら最初からテッドがシグール運べばいいのに」
「別にむかついてなんかねぇし?」
「あんなのただの酔っ払いのじゃれつきなんだから」
「ふぅん?」
「…………」
床に転がっていた酒瓶を立て直して片付けていた手を止めて、相変わらず床でごろごろしているテッドへと近づく。
「返せばいいの?」
至近距離、どちらかが少し顔を傾ければ触れ合うくらいの距離で囁く。
テッドの茶色の瞳が丸く見開かれるのを、くつりとクロスは笑って見ていて。
ゴン、と思い切り頭突きをかました。
「〜〜〜っ!!」
「テッドも大概酒臭いよ。ここ片付けたら寝る前に口ゆすいで風呂入りなよ」
「お前! 本当に!」
「酔っ払いと素面で対応が違うのは当然」
第一シグールのへべれけについてはテッドの監督不行き届きも原因だ。
「一緒に片付けるのと自分一人で片付けるのとどっちがいい?」
僕もう寝るよ、と言外に最後の勧告を受けて、テッドはのろのろと体を起こした。
***
4ルク・テド坊でもテド4前提でもなんでもあり←