<初心者マーク>
何度読んでも何度読んでも分からなくて、リアトはとうとう書類を投げ出した。
床にぱらぱらと落ちていくそれを拾わなきゃと思うのだけれど、それを拾ったらまたやらないといけなくなる。
たった数枚視界から消えるだけで、机の上にはまだ紙の束がいくつも置いてあるから現実は変わらない。
それに誰かが部屋に入ってこれば親切心から紙は拾われ再び机上に戻ってくるだろう。
……数分の現実逃避くらいは許してほしい。
目を通してくださいと言われて渡されたけれど、どこから手をつけていいのかも分からないし、どこをどう読んでも理解できない。
ところどころ意味の分からない単語も出てきて、辞書を引きながらだと単語の意味を調べている間に内容を忘れてしまう。
そしてなにより、進みが遅い。
「ううー……」
唸ったところで何が変わるわけでもない。
ほんの五センチもない書類なのに、ラウロに泣きつくわけにもいかないし。
彼の机の上にはリアトの何倍もの紙の束が乗ってるのを少し前に見てしまったし、頼んで仲間になってもらった以上、情けないところなんて見せたくない。
目はちかちかしてきたし、頭には入ってこないし、いつまで経っても机の上の書類は減らないしで、だんだん泣けてきた。
「もー……っ」
「入るぞー……って、おいどうした」
部屋に入ってきたリーヤが、涙目のリアトを見てぎょっとする。
その手に紙の束を見つけて、リアトの心は更にめげた。
「……それもお仕事?」
「ん? あー……いや、これは俺の。これからラウロんとこ持ってくやつ」
「……そ、か」
これ以上は増えないという事に、少しほっとした。
その表情を見られたようで、リーヤがじ、とリアトの顔を見てくる。
「で、リアトはどーしたよ」
「…………」
言っていいものかどうか分からなくて、机に隠れるように顔を下げるリアトに、リーヤは床に落ちている紙に気付いた。
拾った紙はまだリアトは何も記入していなくて、終わっていないのがすぐに分かってしまうものだ。
案の定、リーヤはそれを見てリアトへと視線を向けてくる。
「……もしかして、全然終わってないとか?」
「…………」
無言のままのリアトに、リーヤが「あちゃあ」という顔をするのを見て、リアトの心はますます降下していく。
やっぱり自分じゃだめなんだ、と思って額を机に押し付ける。
目頭がじわりと熱くなって、鼻の奥がつんとしてくるのを必死で呼吸を止めて堪えていると、ぽん、と頭の上に手が置かれた。
ず、と鼻を啜って、手で顔の下半分を覆う形で目だけリーヤに向けると、床から拾い上げた紙を見ながら、何か納得してたように呟いていた。
「表現回りくどいなーこれ……ああ、イックか。元軍人だもんなー軍人ってかってー書き方するもんなー。……アレストはまず文字だな。これは読めねーよ」
「…………」
リーヤの顔を見上げているリアトに、リーヤが苦笑気味に言う。
「リアト、よくわかんなくて凹んでたんだろ」
「……うん」
「リアトはさー、今まで普通の家で普通に暮らしてて、いきなりあれやれこれやれって言われてもわっかんねーよな」
「……うん」
促すような言葉に小さく頷く。
わかんないと言って逃げ出してしまいたかった。
少し前の自分なら、兄に頼りきっていた自分なら、すぐに泣きついていた。
だけど今は兄はいない。
幼馴染は自分ができる事を頑張ろうとしている。
だから、自分も、投げ出さずに、与えられた事はちゃんとしようと思っていたけど、できなくて。
「わかんねーって思ったらさ、一人で悩まねぇで言ってくれていいんだからな」
「……いいの?」
「仲間が増えるってそういうことだろー」
それだけ頼れる相手が増えるという事。
もちろんまずは自分で頑張る事も大事だけどな、と笑って、リーヤが部屋の隅にあった椅子をひっぱってきて正面に座った。
「んじゃ、今から一緒にやるか」
「え」
「この書類半分片付けて、そしたら一緒に飯食いにいこーぜ。で、夕方から残りな」
「……けどリーヤも仕事あるんじゃないの? それにそれ、ラウロのところに届けるんじゃ」
「ラウロの部屋に入ったら半日帰ってこれねぇから後でいいや」
俺のは後でぱぱぱーってやればいいくらいのしかねーし、付け足して。
「ラウロだって散々人こき使ってんだぜ? だからリーヤも気にすんな」
「あ、ありがとう」
でもラウロのも手伝って自分の分もあって、こっちまで手伝うのは大変じゃないんだろうかと首を傾げるリアトに、ラウロは適当に他に割り振れるから問題ないと言い切って、ぼそりと呟く。
「俺もラウロもガキん頃からこんなんやらされてたから失念してたぜ……そうか普通はできねーのか……」
「リーヤ?」
「なんでもねぇ。さ、昼飯のためにがんばろうぜー」
諦観に近い笑いを零して、リーヤは最初の一枚をリアトの前に置いた。
***
<リーヤとリアトが兄弟みたいな話>
兄弟じゃねぇとか言わない。
ササライ加入後はまずササライがつくはず。ていうかラウロがリアト一人に仕事させるわけがない。
⇒てことはラウロがくる前か、それともラウロがぶっ倒れた後?
⇒いやいや後半戦はリアトものんびり仕事してるはずがないというかいい加減慣れてるはず。
⇒てことはやっぱ序盤……本拠地入手時点でラウロいるんじゃん。
結論@本拠地入ってすぐくらい。