「ラウロ、アメちょーだい」
「ほれ」
ぽいっと投げられたのどあめに、リーヤは「ちげーし!」と唇を尖らせる。
酒場の一卓で繰り広げられるやり取りはあまりにも日常的すぎて、気にする者はほとんどいない。
二人が二人とも目立つので、まったく視線が向かないわけではないが。

ちなみに今は夕食時で、食堂の方が込み合う時間帯なのだが、この時間から酒が飲みたいダメな大人達で酒場も結構賑わっている。
中には食堂の混み具合を嫌ってこちらに来ている者もいて、ラウロは後者なのだが。

違うといいながらのどあめを口に入れて、リーヤは空になったグラスをぐらぐらと揺らす。
「このアメじゃねーもん」
「じゃぁどの飴だ。あいにく俺はこれ以外持ってないぞ。甘いのが食べたいならウィナノに言えば出てくるんじゃないのか」
「食べ物の飴じゃなくて、アメとムチのアメの話なんだけどー」
「は?」
「最近の仕事量に死にそうなんで飴クダサイ」
「…………」
バカかこいつは、という視線を投げかけられるが、リーヤは一切めげる様子がない。

「あの程度の仕事量で嘆くな」
「いや、あの程度って!? 明らかにお前自分の仕事も俺に投げてきてない!?」
「幻覚だ」
「現実だし! なんかこう、せめてモチベーションがあがるようなさー! ルックだって普段ツンツンだけどクロスにはたまにデレてるもん!」
「いい歳の男が「もん」とか言うな気色悪い。なんだ、抱いてほしいのか」

瞬間、何人か酒の噴水を吹き上げて、何人かが皿を巻き込んで机に突っ伏して、そして回りの全員がラウロとリーヤにもの凄い視線を送った。

そして渦中の二人は、どこまでも冷静で通常運行だった。
「いや、そーいうんじゃなくて」
「だな。俺もそれは頼まれたところで願い下げだ」
ぱたぱたと手を振って至極普通に答えるリーヤに、こちらも至極普通に答えるラウロ。
冗談にしてはあまりにもぶっ飛んでいるのだが、この二人に関してはこれくらいの会話はある意味普通だったと、歴戦の猛者(?)達は後に語る。

周囲が一斉に脱力するのを見てみぬふりをしているのか、二人の会話はまだ続く。
「なら何が望みだ。書類仕事が嫌なら外回りに出すが」
「ラウロの言う外回りって、目標額稼ぐまで戻ってくんなってことじゃん。しかも金額のケタおかしいし!」
「稼げる奴が稼ぐのは当然だ」
「むー……」
完全に拗ねたリーヤに、これ以上の会話は無駄と思ったのかラウロは溜息を吐いて席を立った。
「……寝酒くらいは付き合ってやる」
「やたっ!」
会話を続けながら二人が出て行った酒場の中で、一斉に溜息があがった。






「あいつらの言動はいつも思うが心臓に悪い」
「結局どっちなんだ……どっちなんだよ……」
「グレーよねー……どこまでも」
比較的近くのカウンターにいたアレストとマリンの正面で、ウィナノがけらけらと笑っている。
そこでふと思い出したように首を傾げた。

「あれ、けど軍師さんって酒飲めないんじゃなかったっけ」
「そういえばそうだったな。一滴も飲まなと聞いたことがある」
「…………」
「今日、ラウロはリーヤの寝酒に付き合うって言ってたよな。下戸なのに」
「あー……つまり、「飲めないけど寝酒に付き合ってあげるのがアメってことか?」
「わっかりにくい」
たしかに飲めない酒につきあうのはアメに入るかもしれないが。
それはそれでいいのだろうか。

「つーか、酒飲みたいなら酒場で飲めばいいのにな」
「そういえばアズミから聞いたんだけど。リーヤって本当はめちゃくちゃ甘え上戸なんですって。恥ずかしいから普段は人前ではそんな風になるまでは酔わないらしいわよ」
「「…………」」
ああ、なるほどそういうことですか、と全員の心中が一致した瞬間だった。






***
<リーヤを甘やかすラウロ>

超グレーゾーン。お前ら周りで遊んでるだろ。
リーヤは構ってちゃんなので、起こられようが罵られようが弄られようが無視されたり全然会えなくて会話もできないよりはずっといいのです。