<百聞は一見に如かず>





マクドール家といえばトラン国内だけでなく、北大陸に名を轟かせている貿易の大家だ。
軍師という夢が現実的に考えてあまりにも突飛すぎるとこの頃には気付いていたラウロは、シグールに頼んでみた。
交易について教えてほしいと。

そろそろ学園を出てからの進路を考えなくてはならない時期で、もともと交易に興味はあったし、近くにプロがいるならその話を聞く事は悪い事ではない。
今までも罰ゲームだのアルバイトでちょこちょこ手伝わされてはいたが、もっと近くでシグールの仕事を見たいと思った。
そう告げたラウロにシグールが取った行動は。



「というわけで頼んだよ」
「へーい」
「…………」
手をふりふり部屋を出ていったシグールに、元気に返事をしたリーヤとは対照的にラウロはぽかんとしていた。
「ラウロ、なにぽけーっとしてんだよ。早くしねーと夜までかかるぜ」
「あ、ああ……」
一足先に机に向かっていたリーヤに急かされて、ラウロも椅子を引く。

机の上に積まれているのは、マクドール家が今年行った交易の記録だった。
マクドール本家だけでなく、かなり末端の支店の記録までがあり、その量は膨大だ。
書斎の中央に置かれた、十人くらいは余裕で座れそうな机が紙の山で埋まっている。

これを系統別にまとめておいてというのがシグールからのお達しだった。
「……交易を教えてほしいと言ったんだが」
「口より手で覚えた方が早いってことじゃね?」
そう言いながら、リーヤはすでに仕事を始めている。
普段やらされる時は文句を言っているのに今日は素直だ。

尋ねてみると、あっさりと返された。
「だって毎年のことだもんよー」
「毎年やってたのか」
「アルバイトでちょくちょく」
「……なるほど」
目の前の一枚を取って見れば、その店で取り扱った商品の種類から仕入値や売値までが細かく記されていた。
これを全て処理しなければならないと思うと気が遠くなる。

それにしても、これは機密に入るんじゃないだろうか。
トラン国内の貿易の大部分を担っているマクドール家が仕入れた物や数量が市場に漏れたら、そこから相場を予想したりする事は難しくない。

「……いいのか?」
「「部外秘な情報を漏らすような奴に一流はムリ」って前に言ってた」
こういう事はできるだけ信用のおける者に任せるべきなのだろうが、そういう者はえてしてこんな事をやっていられるほど手が空いていないだろう。
だからこそのリーヤで、ラウロらしい。

なるほどと納得しつつ、とりあえずこれを終わらせなければ教えを請うのは無理だろうなと腹を括って、ラウロはリーヤ同様書類の紙に向き直った。







「おっつかれー」
「おお、二人でやると終わるのも早いな」
すっかり日も暮れて、書斎にも火が灯されている。
椅子に凭れてぐったりしているリーヤとラウロを見て、次いで机の上にまとめられた処理済みの紙の束を見て、テッドが感心したように息を吐いた。

「つ、かれたー」
「シグール……毎年多くなってね?」
「マクドール家は毎年拡大しているのだよ」
ぱらぱらと書類を確認してシグールはご苦労様と笑う。
「夕食できてるから一緒に食べよう」
「わーい!」
腹減った、と走り出すリーヤに、テッドが廊下を走るなと追いかけていく。

そんな気力も残っていなかったラウロがのろのろと体を起こすと、のしっと後ろからのしかかられた。
「……重いデス」
「僕の華麗な読みがわかったかな〜」
「…………」

にやにやと笑っているシグールの交易の読みは、書類の上では確かだった。
月を追うようにまとめていけば、どうしてここでこれを買って売ったのか、損をするような物をわざわざ買っているのか、それぞれに理由があって、最終的にきっちり利益を弾き出している。

わしわしとラウロの頭を乱しながらシグールが告げる。
「その月の天候とか事件とか、取引先の名前とか、そういうのと照合して読んでみたらもっと面白いかもね〜」
「……そこまで見るのか」
「見ないと交易はできないよう。それこそ年単位での買物だってあるんだから」
「…………」
肩を抱かれて書斎を出る。
扉に鍵をかけながら、シグールが笑った。
「今まで散々僕の仕事を手伝ってきてるんだから、基礎はみっちり叩き込まれてるはずだよ。あとはその応用だけ」
それはもしかして、最初からそのつもりで手伝わせていたという事でしょうか。

目線で訴えるラウロを引き摺るようにしてシグールは食堂まで連行していく。入り口ではテッドが扉を開けて待っていた。
「リーヤがお待ちかねだぞ」
「はやいなぁ」
ぱっとラウロから手を離して、シグールは軽い足取りで中へ入っていく。

余程疲れた顔をしていたのか、テッドがラウロを見て苦笑した。
「どうする? もうちょい優しい師匠にしとくか?」
「……いや、俺にはあれくらいが丁度いい」
めげてたまるかとばかりに拳を握ったラウロに、テッドはくつくつと笑った。


 


***
<ラウロとシグールで、シグールに学ぶ交易技術とかの話。>


ええともともとはリクエストとして書いた話でした。
オフのが先に公開になりました。
……遅くなってすみませんでしたorz