<おにごっこ5>





ごにょごにょ、とアスカから耳打ちを受けたシグールが、途中経過を発表する。
時間はそろそろ空の端がオレンジ色に染まり出している。人数もだいぶ減ってきているだろう。
「バロックがスピカに捕まったみたいだねー。逃走C班と逃走F班の戦いも決着がついたみたい。ウリュウとアレストとイックとギラムが失格。これで逃走C班は全滅っと。で、ビッキーはテレポートで行方不明。……ルックがいればどこに飛んだかわかるんだけどねぇ……」
ロアンがウリュウ達の石を台から外していく。少しすっきりした台の上では、相変わらず本拠地から少し離れた場所で青い石と赤い石がごちゃっとしていた。

その時カフスがぱたぱたと小走りでシグールのところにやってきた。
慌てた様子で何やら耳打ちすると、シグールは「あっちゃー」という表情で天井を仰いだ。
「残念なお知らせでーす。逃走D班全滅です」
「「なにぃぃぃあぁぁぁぁぁぁぁああああああああ!!!!」」
逃走D班、つまりクロード、キルベス、ヒーアスがそろっていきなり脱落してしまったという知らせに、大広間に大絶叫が響く。

「やっぱりなー……ルール逆手にとってくるんだもんなぁあの人達……」
シグールの声は絶叫の中では誰の耳にも届かない。







本拠地の廊下を走りながら、ダナイはさてどうしようかしらと迷っていた。
追ってくるのはネイネだ。
彼女も(日頃ヒーアスとおっかけっこをしているからか)なかなかに足が速い。
ダナイも足には多少の自信はあったが、持久力はあまりないので、だんだんと距離をつめられてきている。
「……あ」
走るダナイの目に輝くものが映った。
それを見て、行き先を決めてダナイは速度を上げる。
一時的にネイネとの距離を離して、ダナイはテラスへと飛び出た。
「ユーバー!」
「……ダナイ?」
呼び様ばっとテラスの手摺を乗り越えて落ちたダナイを、ユーバーは瞠目して、咄嗟に手を伸ばした。
「……無茶をする」
「ごめんなさい、すっかり熱くなってしまって」
「三階から飛び降りるな。人間はそれほど丈夫ではないんだろう」
「下が花壇だったから、つい」
ユーバーの腕の中でダナイは軽く息を切らせながら笑っている。
下は丁度花の植え替えの時期で苗がなく、土だけが盛られていたので、花を潰すようなことにはならなかったが。

後でシャンゼリゼに謝って直さないといけないわね、と笑うダナイに、ユーバーは首を傾ける。
「そんなに熱中することか?」
「おにごっこなんてやったことがなくって。楽しいのね」
「……そうか」
「ユーバーは? 楽しくない?」
「……俺は」
「あ、ユーバー! でかした!!」
その時テラスから身を乗り出したネイネがガッツポーズを取っている。
その言葉で今更ながらにユーバーがつけているバンダナが赤いことに気付いて、ダナイはあら、と立ち上がりながらおかしそうに笑った。
「捕まっちゃったのね」
「……すまない」
「ユーバーが謝ることじゃないわ?」
「楽しんでいたんだろう」
邪魔をした、と呟くユーバーの手を取って起こしながら、ダナイはくすくすと笑った。
「これからはオニとして楽しむわ」
「……そうか」
「ユーバーも一緒に行きましょ」
「…………」
自分はおにごっこなんて遊びに付き合う義理も義務もない、と言いかけたユーバーは、楽しそうなダナイに水を差す事も躊躇われて、引かれるがままにネイネと合流した。







どかーん
ずがーん
ぴしゃーん

いつまで経っても終わらなさそうな戦闘に、そろそろ観察していたリーヤ達も飽きてきた。
「こんなところでなにしてるのー?」
「クロスっ!」
だきっとリーヤの後ろから抱きついたクロスが、相変わらず戦っている四人を見て「ああ」と息を漏らす。
「なんか酷いことになってるね」
「序盤からずっとやってんだぜー」
「……よく飽きないね」
「僕はあの人外どもと互角にやりあってるラウロがどうかと思う」
「…………」
そういやラウロ以外全員真持ちだったっけ、とリーヤは引き攣った笑いを浮かべる。

「よく続くと思いますよ」
「もうあいつらの怪我を治す気にならん」
医者の立場からもっともなご意見をいただいて、クロスは笑う。
「ルック、お願い」
「眠りの風」
「え」
「な」
ぱたぱたっとケインとペリアが地面に突っ伏す。
効果範囲からわざと抜いてもらったらしいササライとリーヤが固まっていると、クロスはやおら左手を掲げ。

「――永遠なる許し☆」

「…………」
「…………」
「これで四人終了っと」
「……ササライ」
「諦めなさいリーヤ。これがあなたの育て親です」
地面に倒れて動かない四人のバンダナを奪ってほくほくしているクロスの後ろで、リーヤとササライはたそがれていた。

ペリアとケインを眠らせたのは、真の紋章を使うところを見られないようにするためだったらしい。
ぶっちゃけあの三人がばかすか使用しているのを見ているので無意味な気がするのだが。
それにしても漁夫の利にしたところであまりにえげつない。

「クロス、この二人どうするの」
「うーん。穏便に説得?」
「「棄権します」」
「大変けっこうなお返事で」
「……なんでこの人達ってここまで遊びに本気になれるんだろう」
「さぁ……」

「さてと、後はどこが残ってるのかなー」
クロスのその言葉が呼び寄せたかのように、高らかな声が響いた。
「派手にやったわねー」
「これで残ってるのはクロスとルックだけ?」
ざっと現れたのは、アズミ、ウィナノ、リリー。
アズミの手には、誰かから奪ったらしい青いバンダナがひらひらとはためいている。
「……現時点で残っているのは、クロス、ルック、メルディとアズミ達だけだ」
他の忍者からの情報をまとめて告げたヤマトに、アズミが満足気に笑って髪をかきあげた。
「残り時間はあと少し。このままいけば私達が優勝になるわけだけど……どうするかしら?」
「うーん……あんまり女性に攻撃するのは得意じゃないんだけど」
そう言いつつもクロスは構えの姿勢を取っている。

「静かなる湖!」
眠りの風で一気にカタをつけようとしていたルックの詠唱がかき消される。
アズミ達の後ろに従うようにメルディがいるのを見て、完璧ただの観客になったササライがなるほどと感心した。
「メルディを仲間に引き入れたんですね……」
「いやいやいや、冷静に分析してる場合じゃないと思うんだけど」
「いっくわよー」
だっと駆け出したリリーがムチをしならせる。
弧を描いて迫ってきたムチをかわしてクロスは一気に間合いを詰めると、ムチを持つ手首を掴んで、腕のバンダナを剥ぎ取ると、手首を支点にリリーを投げ飛ばした。
「さすがね」
余裕の笑みでアズミが踏み出してくる。
繰り出される一撃を交わしてクロスは頬を引き攣らせた。
「さすがラウロのお姉さん……いい拳をお持ちで」
「ありがとv まだ旦那にしか負けたことないの」
にこやかに恐ろしいことを言い放って、アズミは立て続けに攻撃を仕掛けてくる。
それらをすべて軽やかに交わし、クロスは一撃でしとめるために結構本気で蹴りを繰り出したが、それはアズミにガードされた。

そして同時に、ヤマトの宣誓が響く。
「クロス失格!」
「ええ!?」
「ルールに「非戦闘要員への攻撃は失格」とある」
「……ちょっと待って。アズミって」
「わたしはしがない道具屋よぉ?」
「…………」
今の攻撃繰り出しといて非戦闘要員と抜かすか。
これそこらへんの兵士だったら明らかに昏倒してますが。
「やられた……」
「かよわい女性だもの、ルールは最大限に有効活用しないとね」
たからかに笑うアズミの横では、詠唱を封じられて凡人以下の戦闘力になったルックから奪ったバンダナを持ってウィナノが笑っていた。





***
クロスがひどい。
そしてリアトとアリエの出番が……(だって彼らをここに呼んではいけないと何かが言うんだ)

次で終わります。