<予約は限定●名様>
その日の食堂はいつにも増して賑わっていた。
グランディ城の食堂は出されるものの質からいつだって多くの客がいるのだが、この日集まった人達は食事が目当てではなかった。
……ある意味食事目当てではあるが。
「それでは! ただいまより料理バトルをおこないまーっす!!」
拡声器に見立てたスプーンを持って、片手を挙げて宣誓するのはロアンだ。
その声に、集まった人達が歓声をあげる。
なにかとイベントがあるといい感じに盛り上がりを見せる住人達だが、今日はなんだか気合が違う。主に男性が。
その理由はわかっているので、ロアンは気にせずさっさと次に進む。
「簡単にルール説明をすると、それぞれが料理を作って審査員五名からより高い評価を受けた方が勝ちです!」
再び歓声が上がる。
ただの料理対決でよくそこまで……と思わなくもないが、料理のあまりは観客に配られるのだ。
そして、今回のゲストは盛り上がるには十二分な人物だった。
「それでは一人目の料理人はこちら! 見かけは料理はからきしそうですが、果たして料理のできるイイ男なんでしょうか!? ウリュウ=グースさんです!」
「男の料理ってもんを見せてやるぜ!」
「きゃーん、ウリュウ様格好いいーvv」
歓声に混じって誰のものかすぐ分かる黄色……桃色の声が飛ぶ。
顔を引き攣らせたウリュウは、ロアンに先を促した。
「……ロアン、次だ次」
「対するは、外見はまさに深窓の令嬢ですが、料理の腕前は果たしていかほどのものなのでしょうか? ルックさんです!」
「「うおおおおおおおおおお!!!!!」」
「…………」
ルックが姿を見せたとたんに、食堂を揺るがさんばかりの勢いで声があがった。
その大半というかほとんどが男性だ。
観客に紛れて様子を見にきていたシグールとクロスは、その音量に耳を押さえて口の動きでやりとりする。
「凄い人気だねぇ……」
「ルックの手料理が食べられるからって凄い騒ぎになったらしいよ?」
「さすがルック……見てる分にはお嬢様だからな。それにしても、よく出る気になったよね
」
「出てほしいって要望が多かったらしくて、リアトからリーヤ経由でお願いがあったんだよ」
「…………」
「たぶん裏で糸を引いたのはラウロだろうけどね」
「さすが」
「息抜きのイベントゲストとしてはルックは最適だからねー」
「それでクロスが許したんだ……ルックの手料理をそのへんの男が食べるなんて絶対許しそうにないのに」
「審査員にちょっと口出ししたけどね」
「…………」
「それでは、今回の審査員の発表です! まずは我らが軍主、リアトさんです!」
「楽しみです」
「二人目は、ササライさんです!」
「辛いのは少し苦手です」
「三人目は、ミスティアさんです!」
「脂っこいものは遠慮したわね。出されればなんでも食べるけれど」
「四人目は、ビッキーさんです!」
「わーい、おいしいもの食べられるの?」
「そして五人目は、ジョウイさんです!」
「トテモタノシミデス」
拍手に迎えられながらコメントをする五人を見て、ああなるほどとシグールは納得した。
あのメンバーならルックの手料理を食べてもクロスは文句言わなさそうだ。
ササライとビッキーとジョウイはルックの料理を食べたことあるし、リアトはリアトだし、ミスティアも女性だからクロスの焼餅の対象外だ。
ジョウイがカタコトなのは……たぶん、今までのルックの料理にいい思い出がないからだろう。
正直シグールもルックの料理は遠慮したい。
ルックの料理は美味しい。美味しいのだが、何が入っているのかわからないのだ。
……かつて、得体の知れない薬を混ぜられて悲惨な目に遭った記憶は忘れたくとも忘れられない。
シグールがかつての記憶を思い返している間に、ウリュウとルックはすでに料理を開始していた。
この料理対決は何を作ろうが自由なので、勝敗は料理人のメニューのチョイスにも大きく左右される。
審査員の好き嫌いを考えて一番合うものを出すのがベストなのだが、果たして二人はどのようなものを出すのだろうか。
「クロスだったらあのメンバーなら何出す?」
「そうだねぇ……僕だったらムースとか杏仁豆腐とかかな」
「スイーツ?」
「ビッキーとミスティアは甘いものが好きだし、さっぱり系の方がカロリーも控えめだからね」
「……男性三人については」
「リアトも甘い物好きだし、ササライも嫌いじゃないって前聞いたし。ジョウイはニンジン以外なら食べてくれるもの」
「なるほど……ウリュウは肉料理かな」
「みたいだね。肉と野菜を一緒に巻いてるね……生春巻きみたいなものかな? ルックはたぶん杏仁豆腐だね」
「クロスと同じ考えかな」
「だと思うよ」
にこにこと笑うクロスの言葉で締めるように、調理終了の鐘が鳴った。
「では試食にうつりたいと思います! まずはウリュウさんですね。これは生春巻きですか?」
「おう! 豪快にかぶりつくのが俺流だ!!」
「いただきまーす」
「ああ、野菜がしゃきっとしていておいしいですね」
「気をつけないと反対側から具が出ちゃうわね」
「おいしーい!」
「うん、いけるね」
審査員が口々に感想を言いながら一人前を平らげてしまった。
どうやら料理のできる男というのはただ自称しているだけではないようで、それなりにできるらしい。
沢山作られた分が観客にもふるまわれる。
「あ、おいしいねー。今度作ってみよっか」
「魚介は結構食べたことあるけどね」
試食分をまふまふと食べながらシグールとクロスは感想を述べる。
審査員達も概ね好評だったようで、合計で二十点というなかなかの点数を出した。
さて、楽しみなのはここからだ。
「それでは次はルックさんの番ですね! ルックさんは杏仁豆腐を作ってくれました!」
「うん、おいしいね」
「さっぱりしていていいですね」
「丁度いい甘さだわ」
「おいしーい!」
「……タイヘンオイシュウゴザイマス」
「……なぜカタコト?」
「さぁ……」
「さぁ、それではルックさんの料理は試食に入ると終わりそうにないので先に点数を出して決着つけてしまいましょう! ルックさんの点数は――二十二点! これは僅差での結果になりましたが、ルックさんの勝利です!」
「「おおおおおおおおおおおおお!!!!!」」
「外見だけでなく料理の腕前もすげーんだなー!」
「手料理くいてぇぇぇぇぇ!!」
「ルックさんの手料理……!」
あちこちであがる声に、しかしクロスは笑っているだけだ。
杏仁豆腐はまだ余っているし、このノリだと一般客にルックの手料理が振る舞われてしまう事になるのだが……。
「その杏仁豆腐なんだけど、子供達が食べたいって言うのよー」
ごめんなさいねー、と颯爽と割って入ってきたのはアズミだった。
それなりの量を残した杏仁豆腐のトレイを持って、入ってきた時同様去って行く。
文句を言おうと男達は口を開くが、甘いものを子供達から横取りしてまで食べたいのかと言われてしまう事を怖れて声にできない。
なにせ相手はアズミである。道具屋の店主であり軍師の姉であり、その性格諸々含め、道具屋を利用する多くの者の間ではしっかりと知れ渡っている。
ここで「ルックの作ったものだから食べたい」とでも言おうものなら、「大人気ない」レッテルを貼られて、次の日には本拠地中に広まっているに違いない。
こうしてルックの手料理を食べるという男達の夢は費えたのだった。
「……クロス、最初からこのつもりだったわけ?」
「なんのこと?」
「アズミに手回ししたの、クロスでしょ」
「謎の襲撃に遭うよりかはマシだと思うんだ」
きらきらと笑顔で言うクロスに、シグールはカタコトで「そうだね」と返しておいた。
***
<料理対決。ルックの手料理が食べれると騒ぐ野郎どもとか、クロスの圧勝。>
クロスだしたら相手が誰だろうが瞬殺されてしまうのと、コルクのエピソードで改めて書こうと思っているのでルックで。
実際ルックも家事歴それなりなので料理は上手だと思うんですが、作ったものを食べられる人は一握りだと思います。
ついでによく色々なものを混ぜ込んではジョウイやテッドを可哀想な事にしていると思います。