――気付いてしまった。
頭の中でつながった一本の思考に、ナポレは呆然としていた。
<長命の秘訣>
とかくアーグレイ軍には謎が多い。
ナポレが拾ったシエラといい、妙に物々しい空気を出しているユーバーといい、寄せ集めだからという一言では片づけられない者が多い。
その中でもナポレが引っかかっているのがシグール=マクドールだった。
トランのマクドール家の家系であるらしいが、初対面の印象は最悪だった。
なにせシグールは初対面にしてナポレの実家――シルバーバーグ家を腑抜けと称したのだから、印象は悪くなる。
実際それが少なからず的を射ていたから余計にナポレの神経を逆撫でした。
それ以来、あまり近寄らないながらも、それなりに観察していていくらか分かった事があった。
シグールを含め、彼とつるんでいる者の多くは謎の多く、シエラ達もまた知り合いであるという事。
また、一般人と扱うには戦闘力も高いようだった。
けれどシグールは正式にアーグレイ軍に所属していないようで、貿易の手伝い(あれはもうほとんど総締めだ)はしているものの、戦争には参加しない。
しかしあの「使えるものはなんでも使え」が信条だと思えるような鬼軍師が、それを知っていても不参加を咎めない。
ある意味そこが一番の不可解な点だった。
年の割に非常識な強さといい、人を食った性格といい――不審に思えるところは多い。
それでも誰かに聞いて返ってくる問いだとも思えず……ラウロは何か知っているようだったが、直接問う事も躊躇われ、ナポレはただ鬱々としていた。
「――知りませんよ」
軍法書を浚いにきたついでに、司書をしている少年に戯れに聞いてみた。
時折ここを訪れているようであったから、ここで何をしているのかと、本を探してもらっている間の雑談程度の心持ちで聞いてみたのだが、サティーの普段から世の中を斜視しているような顔があからさまに歪んだ。
「嫌いなのか」
「嫌いです」
いつも長々と理解しにくい科白を吐く口から出たのはたった一言で、それが逆に真実味があり――なにをしたんだシグール。
「そ、そんなにかい」
「物見遊山などと気分が悪い」
吐き捨てるサティーに、ふと――彼は、シグールについて何か知っているのではないかと思った。
年齢と符号しない知識と性格と実力をひっくるめて感じる違和感の正体を。
「知らぬが仏という言葉があるよう、世の中には知らない方がいい事もあるものです」
「…………」
知りたければ自分で調べろという事か。
それで戦略書の数冊を本棚から抜き出してサティーは沈黙に戻った。
――簡潔に喋れるのであれば普段からそうすればいいのにという一言は薮蛇だったようで、その直後にツケを返すような長文がサティーの口から滑り出し、ナポレは礼もそこそこに逃げ出した。
自室に戻ってやれやれと一息つき、サティーに探してもらった本のどれから目を通そうかと表紙を一通り眺め、ナポレは手を止めた。
一冊だけ関係のない本が混ざっている。
随分と薄いそれは誰かの手記のようで、奥付を見ても名前は載っていなかった。
薄いから混ざってしまったのだろうか。
彼でもそんなヘマをするのかと思いながら、興味本位で本を開く。
随分と古いそれは、保存状態がよかったのか、多少ページを繰るのに注意を払う必要はあったものの、文字は苦慮なく読めた。
それは二百年ほど昔にあった戦争に参加していた者の手記であるようだった。
どこかの三流小説かと思えるような、戦争中にしてはあまりにも情けない話の入り混じったそれは、アーグレイ軍に身を置いているからこそ、なんとなく信憑性があった。
時折入る軍略の話は参考にもなり、その思考の深さに驚愕させられ――途中で、この手記が誰のものであるのか気付いた。
今となっては英雄と呼ばれる者の名前に連なる中で、この手記には一度も出てこない。
シーザー=シルバーバーグ――兄のアルベルト=シルバーバーグと共に、本家に名を刻んでいる彼の手記だった。
おそらくはシルバーバーグの絶頂期の最後を飾る軍師。
そうであればこの手記への興味は高まるばかりで、ナポレは年甲斐もなく夢中になって先へ先へと進んでいく。
そして最後の数ページに至ったところで、流れるように進んでいた視線をぴたりと止めた。
多少戯言の入るものの、ナポレの知っている歴史書と大差なく進んでいた手記の中身が、決定的に歴史と食い違っていた。
そこは最後の決戦の地。
対面する彼らの間に現れた『彼ら』は、全てを奪って去っていった。
最終的に全てはなかった事として、歴史はそこで根源を「倒した」という事にして終わったとあるが、そこに書かれていた数名の名前を、ナポレはここに来てから幾度も耳にしていた。
頭を真っ白にして考えてみれば簡単に行き着く答だった。
「ありえない」という捕われた考えが検討を放棄させていただけで。
……普通に考えればあるわけがない、数百年も昔の人物がまだ生きているかどうかなど。
それもまた、ササライを始めとした「真の紋章」を持つ者の存在を考えてみれば分かる事だった。
ましてや彼らはササライと面識があったではないか!
二百年生きているフッチが二人を継承で呼ぶ理由。
デュナンで忌避されているはずの「ジョウイ」という名前がデュナン出身である彼につけられている理由。
クロスが紋章砲に詳しい理由。
シグール達がシルバーバーグをよく知っている理由。
あの人外じみた強さ、時折漏らす近寄りがたい空気、その全てに納得の行く答を弾き出して、ナポレは拳を震わせた。
――それを全て知っているのだとしたら、ラウロがなぜ彼らを戦争に狩りださないのかも納得がいく。
出せるわけがない、出していいわけがない。
自分達の軍がとんだ爆弾を抱えていたのだとその時初めて知った。
***
<Lキャラ視点から見た参加中のレギュラー8人>
8人じゃなくて6人、あまつさえなんかナポレしかいない←
すみませんすみませんorz
でも誰かが頑張って真相にたどり着く話が思い浮かんだんです……。
実際のところ、彼らはとっても不審だと思います。