<幻な初体面>
慣れた浮遊感の後、眼前に広がったのは初めて見る光景だった。
ツバランまでをお願いしたつもりだったのに、なぜ草原。
しかも一緒にいたはずのライやスピカやヤマトがいない。
転移失敗、しかも一人きり。
「ビッキー……」
肩を落としてリアトは呟く。
その声は風に流されて草原の向こうに消えるだけだった。
今日はツバランまで買出しに行くつもりで、瞬きの手鏡はスピカに預けていたから帰る術がない。
徒歩で帰ろうにもここがどこだか分からない。
誰かに聞こうにも、細い街道はどこまでも真直ぐ伸びているばかりで誰かが通る気配すらなかった。
見渡しても草原と木しかなく、町どころか家の一軒もない。
しかも空はどんよりと雲が立ち込め、今にも降ってきそうな気配だ。
どうしろと。
「誰か迎えにきてくれるかな……」
皆と一緒でのアクシデントだから、今頃はこの事はラウロにも伝わっているだろう。
そうすれば誰か……おそらくルックが迎えにきてくれるはずだ。
過去に何度か同様の状況でルックのお世話になっていたリアトは経験からそう推測して、大人しく近くにある木の下で迎えを待つ事にした。
予想通り、しばらくするとぽつぽつと細い線で雨が落ちてきた。
数分もしない内に大粒に変わり、水滴が激しく地面に叩きつけられる。
木の根元で濡れないように幹に背中をくっつけて立ちながら、リアトは雨に濡れる風景を眺めていた。
ふと水を蹴る音が耳に届く。
あっというまにできた水溜りにも躊躇なく足を踏み入れて走ってくる影は、リアトが雨宿りをしている木までやってくると大きく息を吐いた。
「うわー……びちゃびちゃだぁ」
ふるふると首をふると、髪の毛から水滴が跳ねる。
この雨の中なら少しの間いただけで服の中までぐちゃぐちゃだろう。
その人はリアトがいることに気付くとあ、と小さく口を開けて、へにゃりと人好きのする笑みを浮かべた。
釣られてリアトも表情を緩める。
「すごい雨ですね」
「いきなり降ってきてびっくりしました」
「歩いてる途中に降られちゃって……荷物の中身無事かなぁ」
そう言って彼は袋の口を少し開いて、大丈夫そうだとほっと息を吐く。
彼はリアトとそう変わらない背格好で、旅の途中なのか大きな荷物を持っていた。
こげ茶色の髪は今は雨でつぶれているが、乾けばふわふわとしていそうだ。
腰には見たこともない武器を差していた。
あまり見るのも失礼かなと思いながら、好奇心からちらちらと視線を向けていると、どうかしましたかと返された。
「珍しい……武器、ですか?」
「あんまり見ない形だから珍しいかも」
「初めて見ました。なんですかそれ」
「トンファーっていって、両手にひとつずつ持って殴るんですよ」
「へー」
にこにこにこと物騒な言葉を吐く少年に素直にリアトは感心していた。
「旅の途中なんですか」
「ラナイに行く途中なんです」
「あ、僕ラナイ出身ですよ」
「そうなんですか?」
うわぁ、偶然って凄い、と彼は屈託ない笑みを浮かべる。
リアトもにこにこ笑っているので、傍から見るとものすごく和みオーラが流れている光景だ。
ふと、リアトは気になって尋ねてみた。
「でも今、ラナイって内乱の途中で危ないですよ」
「友人がいるんです」
僕一人だけ用事があってなかなか来れなかったんですけどどうしても会いたくなって、と言って彼はぺろりと舌を出して笑った。
気をつけてくださいね、とリアトは言いながら、それでも会いに来てくれるだなんてその友人は幸せものだなぁとぼんやり思う。
きっと彼の友人だから、その友人も優しいんだろう。
あ、と少年が空を見上げる。
「雨、上がりましたね」
「ただの夕立だったみたいでよかった」
今日中に次の村につきたかったから、と彼は胸を撫で落ろしてリアトに笑みを向ける。
荷物を背負いなおして、リアトに尋ねた。
「僕はこれで。あなたはこれからどうするんですか?」
「僕はそのうち迎えがくるので待ってます」
「そうですか。それじゃあ」
「お気をつけて」
「また会えるといいですね」
ひらひらと手を振って去っていく少年を、見送ってリアトはぐっと背中を伸ばした。
「リアト」
「あ」
お迎えにきたのは珍しくジョウイだった。
面倒だとルックに単体で飛ばされたらしい。
それじゃあ帰りはどうするのと問えば、ちゃんともらってきたよと瞬きの手鏡を示された。
「毎回の事だけどビッキーには困ったものだね……」
このへん雨降ったみたいだけど濡れなかったかい、とジョウイは濡れた地面を見やって尋ねる。
大丈夫だったよと返して、リアトは今さっき会った少年について語った。
「この時期にラナイへ?」
「うん、友達に会いたいんだって」
「へえ……宿星だったらすぐに会えそうだな。名前は?」
「あ、聞いてないや」
でも僕と同じくらいの年恰好で、珍しい武器を持ってたよ。
「へぇ、武器?」
「トンファーっていうんだって」
にこにことリアトの話を聞いていた表情が引き攣った。
「……リアト、その子どんな恰好だった?」
「えー……と」
「濃い茶髪で大きい目をしててすごく可愛く笑う子じゃない?」
「ああうんそんな感じ」
ぽん、と手を叩いたリアトに、ジョウイはかくんと顎を落とした。
「ジョウイ?」
「……リアトちょっと僕別ルートで帰るから遅くなるって伝えておいてくれるかな」
「?」
「よろしく!」
瞬きの手鏡をリアトに投げ渡して、先程少年が去って行った村のある方向へと走り去るジョウイの背中が見えなくなるまで見送って、リアトはことりと首を傾げた。
***
<ビッキーの転移失敗でリアトがデュナンに行き、セノと会う話。お迎えでジョウイが久しぶりにセノに会えるかもしれないと発狂してたらいい。でもその役はシグールにとられるとかでお約束な展開になれば尚いい>
本編でセノとリアトの面識をなくしてしまったので、百万世界での出来事です。