※ジョウイ×坊です。
<忘れてなんか>
起きてきたシグールは、新聞を広げているジョウイに気付いて首を傾げた。
「なんでジョウイがいるの?」
「……なんでってまたご挨拶な」
「テッドは? クロス達の姿も見えないけど」
ジョウイの苦笑混じりの言葉をさっくりと無視して言いながら椅子に座ったシグールの前には、クロスが用意していったのであろう朝食があった。
冷めても美味しいそれは、温めればもっと美味しいのだろうが、面倒なのでそのまま食べる。
まだ空のグラスによく冷やされた紅茶を注いでやりながらジョウイは言う。
「クロス達が出かけるっていうから、テッドも一緒に付いてったんだよ。出かけに丁度僕とセノが着いて、僕だけ留守番」
「……ふーん」
かじ、とパンの端を噛み切って心ここにあらずといった様子でシグールは相槌を打った。
寝起きだからというには少々低い機嫌に、ジョウイはその理由が分かっているからこそあえて何も言わなかった。
朝食を食べ終えて、場所をリビングに移動してしばし。
ソファの端に座って本を読むでもなく何かするでもなく、ジョウイにちょっかいをかけるでもなく……シグールの機嫌はひたすらに悪かった。
一人置いてきぼりにされた事を怒っているのもあるだろうが、それよりもシグールとしては「予定」と違う事態に戸惑っているのだろう。
しばらくの間は面白いなぁとばかりに、向かいの一人がけソファで様子を窺っていたジョウイだったが、だんだんと可哀想になってきた。
――シグールの誕生日なのだ、今日は。
外見からして歳を取らないため、年齢を忘れてしまいがちな自分達が。
特に誰が言い出したでもなかったけれど、見た目が変わらないからこそできる限り誕生日は祝おうという空気になって数年が経つ。
誰かしらの誕生日の度に祝っていたのだけれど、朝から一度も……この場合ジョウイとしかまだ顔を合わせていないけれど……祝いの言葉のひとつももらっていない事を気にかけているのだろう。
もちろんジョウイは覚えているが、まだ祝いの言葉を口にしてはいない。
そこにはきちんとした理由があるのだけれど。
「シグール、機嫌悪くないか?」
「……誰のせいだと」
「え?」
「なんでもない!」
ぼそりと低く呟くシグールの声を、聞こえない振りをして問い返せば、抱えていたクッションが飛んでくる。
いくら材質が良くて軽く柔らかいクッションとはいえ、全力で投げられたものを当てられると痛い。
片手で受けとめてジョウイは溜息を吐く。
「別に置いてきぼりくらったからってそこまで拗ねなくたって」
「拗ねてない!」
噛み付くように反論された。
――とは言うものの、うっすらと涙の膜を張った目で言われても信憑性など欠片もない。
それを自覚しているのだろう、ふいと顔を背けたシグールに、ジョウイは苦笑を浮かべて、業とらしい溜息をひとつ吐いた。
耳聡く聞きつけたシグールがぴくりと肩を揺らす。
その仕草が可哀想で同時に可愛いなどと思ってしまい、やっぱり留守番を引き受けるんじゃなかったかなぁと悔いた。
こんな姿を見て、約束を破らない方がジョウイにとっては難しい。
よいせっとシグールの座るソファの反対側に腰かけて、不貞腐れてソファの端に身を寄せる体を引き寄せた。
一瞬きょとんとしてから離れようとするのを押し留めて、どうどうと宥めるように肩を叩く。
余った手は腰に回してがっちりホールドの姿勢を取ると、逃げるのを諦めたのか、ぴたりと抵抗が止んだ。
「……別に、同情なんていらないし」
「そういうわけじゃないよ」
肩に押し付けられた顔がどんな表情をしているのかは分からない。
分からないけれど、たぶん無理矢理見たら殴られるような顔をしていそうだったので、変わりにすぐ近くにある旋毛の近くにキスを落とした。
「誕生日おめでとう、シグール」
「…………」
「誰もシグールの誕生日を忘れたりなんかしてないさ」
「僕をジョウイに押し付けて、出かけたくせに?」
「一応僕が残ったのは自主的なんだけどなぁ……」
本当に、誰もシグールの誕生日を忘れたりなんかしていない。
ただ今年は趣向を変えて、サプライズパーティーをしようという事になっていたから。
だから朝からシグールを起こさないようにこっそり出かけて、けれどさすがに一人で残すのはどうよという事で、ジョウイが残った。
たぶん拗ねるだろうけどよろしくなと親友殿は言っていて、その通りになっている。
本当は、準備が整うまでシグールには内緒だと言っていたけれど。
まさかここまで素直に落ち込まれるとは思っていなかったから、こちらの良心が少々もたなかった。
今頃準備に奔走している彼らに心の中で小さく謝って、ネタ明かしをした。
「今頃皆、シグールの誕生日パーティの準備してるんだよ」
「…………」
「サプライズパーティのつもり、だったんだけどなぁ」
これで僕がテッド達に怒られるの決定だと眉尻を下げて笑った。
きょとんとした顔で見上げてきたシグールの顔が、みるみる内に赤く染まっていく。
「というわけで。誰もシグールを放ってったわけじゃないよ」
「……っ」
「てっ!?」
ごす、と。
腹部に綺麗に一発キめられて、ジョウイはずるずると上半身を折る。
シグールの肩にもたれかかるようにして息を詰めて呻いた。
「……フライングのことはテッド達には内緒にしてやる」
そのかわりプレゼントは奮発してよ。
ぽつりと、恥ずかしそうに呟かれた一言に、機嫌が直ったようだとジョウイは満足気に笑みを零した。
***
<ジョウイ×シグール。誕生日を忘れられてしまったシグールが、全員が出かけている中、不機嫌なシグールと取り残されたジョウイが織り成すギャグ?(本当はCP希望)>
というわけでご希望に添えるかはともかく頑張ってみましたCP風味。
その結果。
ジョウイ→普通に恰好いい
シグール→なんか押されている
普段にはないものが見られる分ジョウ坊は穴場だけれど、なんだか背筋がむず痒く。
恰好いいジョウイだからか? 余裕を見せるジョウイだからか?
……こいつら同じ歳なんだよね確か。