<慣れすぎて当たり前な日常>





目が覚めたらまだ暗かった。
これなら二度寝ができるなと布団を被りかけたところで、雨が窓を叩く音で布団を被る手を止める。
「雨かよ……」
道理で暗いわけだ。
最近降ってなかったのになぁと一人ごちて布団から出た。

雨は嫌いではないし、最近雨が降らないから作物の水やりが大変だとジェネがぼやいていたので恵みの雨なのだろうが、 雨の日は訓練所が室内しか使えないから混むのだ。
やらなければいけないのは分かっているが、雨天での演習もあまり好きではないから、こういう日は憂鬱だった。

着替えをしてヘッドセット片手に部屋を出る。
隣の部屋をがんがんと容赦なく叩くと、間髪入れずに起きてるわよと大声が返ってきたのでそのまま食堂に向かうべく足を進めた。
そこに辿り着くまでに何回か似たような事を繰り返しながら。

朝に比較的強いヒーアスは、頼みやすいからなのか、低血圧な人達の目覚まし係になっていた。
その筆頭がネイネで、前にそっと寝かせておいて「なんで起こしてくれなかったの!」と拗ねられて以来、返事がない日は容赦なくドアを開けて叩き起こしたりもする。



食堂にはまだ朝食には早い時間だからか、座る人はまばらだった。
パティが中でくるくると動いていて、ヒーアスを見つけるとにっこりと笑う。
「おはよ、ヒーアス」
「ああ。おはよ」
「ヒーアス。リアトは今日はゆっくりでもいいってさ」
カウンターで食べていたマリンが言う。
リアトもまた朝に弱いので、この時間に起きていない時は起こしに行くのだ。
「ならもう少しして起きてこなかったら呼びに行くか」
「そうしてやってくれ」
「じゃあ、それまでこれお願い」
どん、と野菜の入った容器と包丁を指で示された。
これから食堂が込み合う時間帯、人手はあっていけない事はない。
……時間があるなら野菜を刻めと。
溜息ひとつで厨房に入っていくヒーアスの背中を、マリンが苦笑しながら頑張れよと軽く叩いた。

がりがりと野菜の皮を剥いて、そろそろ行くかとまだ姿の見えないリアトを起こしに行く。
晴れの日は自然と目が覚めるようになってきたようだが、雨の日は感覚が狂うのかなかなか起きられないようで、やはりリアトはまだ寝ぼけ眼だった。

リアトの支度を待って、先程食いっぱぐれていた朝食を一緒に摂っていると、クロードとキルベスがこっちに寄ってきた。
……いい予感は微塵もしなかった。





案の定ロクでもない話を聞かされ問答無用で連れて行かれる。
訓練場の一室は、他のところに比べて格段に人が少なかった。
そのほぼ中央に立っている二人を見れば、他の面子は遠慮するのだろう。

リーヤとイックはどちらもかなりの使い手だし、幹部の一員という事で手合わせを気軽に願い出る事もなかなかに難しい。
ついでに遠慮というものを二人して知らないので、一度手合わせをした者が再戦を願うのは、一般兵からは滅多にいないらしい。
そんなやつらを相手にするなんて真っ平だ。
「こんなんなら外で演習のがいい!」
「あ、きたきた」
「早くしろ。そう長い間占領するわけにもいかないだろう」
すでにリーヤとイックが準備万端の体で待っていた。
一戦交えた後なのか、イックの服の裾が汚れている。
「で、今日はなんの練習だ」
「美青年攻撃の練習じゃねーの?」
「「違う」」
クロードとヒーアスの言葉が綺麗にハモった。

――がきんと正面から剣を受け止めてヒーアスは呻く。
自分より細身に見えるのに、どこからこんな力が出るのかと、打ち合う度に思う。
痺れた手を反対側の手で支えて横から凪ぐように振る。
ひらりとあっさり交わされて、足元を掬われた。相変わらず足癖が悪い。

「おりゃあっ」
キルベスが上空から剣を振り下ろしリーヤがそちらの防御に回ったおかげでヒーアスはなんとか態勢を立て直した。
「サンキューキルベス」
「やっぱ三対二は不公平じゃねーの?」
「実力としてはイーブンだろ?」
「それでも勝てる気がしねー……」
リーヤの言葉に反論する。
イックとクロードは鍔競り合いをしていた。
自分達とてそれなりに腕に自信はあったのだが、ここにきてから自信を失う相手が多すぎる。

「ここはやっぱ美青年こうげ」
「絶対ヤダね!」
「俺も見てーなー」
「だったら自分でやりゃあいいだろう!?」
「あれは見るから面白れーんだって」
だから余計にやりたくないんだよ。

剣を交えずに喋っていたら、クロードから檄が飛んできた。
「喋ってないで早くやれ!」
「へーい」
肩を竦めて、リーヤが剣を下段に構える。
こちらも剣を握り直してぐっと腰に力を入れた。
別にサボっていたわけではなくて、話している最中でも、隙がなかっただけだ。
「負けた方が昼飯おごりな」
楽しげに、リーヤが笑う。
……最初からそのつもりだったのではないかと思ったが、 結果として、昼飯はやっぱりヒーアス達のおごりだった。





午前中あれだけ動くと昼から訓練する気にはならない。
のんびりたまには昼寝もいいなぁと思っていたら、シャンゼリゼに捕まった。
「まあまあヒーアス様。お時間ありましたらご一緒にお茶をいかがです? 新作に挑戦しましたのよ」
にこにこにこと言われて断れた試しがない。
以前偶然にもお茶に誘われて以来変に気に入られてしまったらしく、度々塔に連れ込まれる。
匂いに慣れてしまえば薔薇は綺麗なものだし、お菓子も旨いし話も気取らないものが多い(どころかまがりながりに将軍なので勉強にさえなる)からそれなりに有意義だ。
……最初の一回以来紅茶だけはストレートを貫いているが。

どこか場違いな雰囲気の会場でそれなりにお茶を楽しみつつ、解放されたのはそれなりに暗さが深まった頃だった。
この時間は食堂は混んでいるから、少し時間をずらして行く事にする。
さっきお菓子をつまんだから、腹はそれほど窮状を訴えてはいない。
「なんかヒーアス薔薇の匂いがする」
「さっきまで塔にいた」
「綺麗よね、あの薔薇」
面白そうに笑うアスカに、セキトがヒーアスの心情を考えてか軽くつつく。
忍者がこんな堂々と歩いているのなんて一生お目にかかれないだろう。
今まで食堂で食べていたという二人から、そろそろピークが終わりそうだという情報をもらって、ヒーアスは遅めの夕食を摂りに行く。

カウンターに空きを見つけて座り、注文する。
しばらくして出てきた料理に手をつけようとしたら、後ろから手が伸びてきて唐揚げをひとつ取られた。
「おい」
「いいじゃない唐揚げのひとつくらい」
「もう食べたんじゃないのか」
「唐揚げと蒸鶏で悩んだの」
「で、蒸鶏にしたと」
「うん」
「……太るぞ」
ぼそりと言ったら殴られた。







***
<ヒーアスとかジョウイとか、不幸な人の視点で1日。>

というわけで ヒーアスの一日。

・みんなの目覚まし
・食堂の手伝い
・リーヤとイックにこてんぱんにされる
・ナルシーのお茶会につきあう
・夕食を取られる

他にも日々農業手伝ったり書類運ばされたりと日々動いています。
スペックが高いんです、戦闘能力以外の(待

本人にとってはすでに日常茶飯事なのであまり不幸とか思ってないのが凄いのかもしれない。