<きまぐれ教師>





ぱすん、と間抜けな音で的に当たった矢を見て、ペリアは溜息を吐いた。

もともと弓が得意、というわけではないのだ。
姉のように魔力があるわけでもなく、数ある武器の中で一番使えるのが弓というだけ。
それでも鳥や兎を狩るのにはそれなりに活用できていたから、特に鍛錬を積む事もなかった、今までは。

けれど、アーグレイ軍に参加したのであれば、そうも言っていられない。
今の実力では役に立つどころかただの足手まといにしかならないのだと、ウォーウルフとの戦いで痛感させられた。
……なによりあいつに馬鹿にされたままなのは御免だ。


というわけで目下のところ練習中なのだが、それなりに的に当たるものの、手で抜こうとするとあっさりとすっぽ抜けてしまう。
こんなんじゃ大したダメージも与えられない。
やっぱり筋力が大事なのかなと思うのだが、一応力をつけるべくトレーニングを積んでいるのにちっとも向上しないのはどうした事か。

このままじゃ、いつまでたっても足手まといのままだ。
むしゃくしゃした気分になりながら、ペリアは地面に落ちた弓を拾って弓筒に戻す。

『へたっぴー』
頭の中で、へらへらした顔と一緒に言葉が浮かんで、いらっとする。
実際にて言われた事はないけれど、そう思われているのではないかと考えると腹が立つ。
なにせ、特訓しているところを誰にも見られたくないから、あまり人の来ないような訓練所の裏手を使っているのに、どこから嗅ぎつけたのかちょくちょく顔を出しては適当に人をからかっていくのだ。
どうせなら助言のひとつやふたつ……されたところで自分が素直に聞き入れる性格ではないのだけれど。
それでも「へっぴり腰」だの「腕曲がってんぞ」だのと突っ込まれたところは直したのだ。
だから、行き詰まっている。



「……いっそ教えてもらえるよう頼んでみようかな」
いやいやいやいや。
自分の言葉にぶんぶんと首を振って、ペリアは的に刺さっている弓を引っこ抜く。

正面からお願いするのは癪だ、というか何かを頼むのが気が引ける。
リーヤとて一応軍の幹部だし兵士の訓練の面倒もみているし(一方的に倒しているようにしかみえないけれど)弓兵隊の担当でもない。
しかし他に弓が扱えそうでペリアが話しかけられる人というのがいない。

手に持ったままの弓はじーっと見ながらペリアは葛藤した。
上手くなりたい、見返してやりたい、あの時足でまといになった借りを返したい。
だけどそれを本人に頼むのはどうなのか。

「お、ほんとにやってらぁ」
聞き慣れない声にびくっと体が跳ねた。
「テ、テッド……」
「がんばってんじゃん」
すたすたと歩いてくる彼に思わず一歩引いた。
そういえば顔を合わせて話すのは初めてな気がする。
確かリーヤの知り合いで、軍師とも知り合いらしくて、結構な待遇で参加していたはずだ。
結構色々なところで見かけたが、挨拶も交わした事もあるが、なんだか怪しいからあえてかかわろうと思わなかったのだ。
なにが怪しいって、笑顔がうさんくさい。

警戒心バリバリなペリアに、テッドは苦笑する。
「俺、そんな警戒されることしたか? まともに話すのも初めてな気がするんだけど」
「……なんかうさんくさい」
「はははっ」
エルフの勘ってやつか、とテッドは声をあげて笑う。

軽く流されるとは思わずますます警戒を強めたペリアに構わずに、テッドはまだ的に刺さったままな弓を引っこ抜いて、ぶらぶらと振った。
「随分弱いなぁ。こんなんじゃ一撃でしとめらんねえぜ?」
「う、わ、わかってる」
「ペリアだっけか。一人で練習してるのか?」
「…………」
尋ねられて、渋々首を縦に振る。

まだ弓隊に混じって練習できるほどの腕があるとも思っていないし、人間に混じって練習するのにも抵抗がある。
エルフはほとんどが魔法隊に所属しているし、ぶっちゃけエルフの森の一件以来、エルフともあんまり仲がいいというわけではない。

喋ろうとしないペリアに弓をくるくると回しながら、テッドはあっさりと言った。
「俺が教えてやろっか」
「……は?」
「いや、一人で練習しても限界があるだろ。ヘンな癖ついても困るし」
「あんた剣じゃなかったっけ?」
「俺はオールマイティなのさ」
剣でも弓でも体術でもなんでもいけるぜ、と胸を張るテッドに、はぁ、と微妙な態度で返す。
「忙しいんじゃねえの?」
「それくらいの時間はあるだろ。毎日ってわけにはいかねーだろうけど。で、どうする?」
「……オネガイシマス」
うさんくさいけど、一人で伸びハバのない鍛錬を続けるよりも、リーヤに頼むよりもいい……たぶん。

カタコトながらにお願いしたペリアに、テッドはよろしくなぁとウインクをしてみせた。
やっぱりうさんくさい。















テッドはうさんくさかったけれど、自分でオールマイティだと言うだけはあって上手かった。
教え方も結構上手くて、自分でも上達してるのが分かるからやる気にもなる。
練習はめちゃくちゃキツいけど。

今日も一人で練習しながら、今日は来るんだろうかと休憩がてら建物の方に視線をやる。
テッドは書類やらなんやらで数日に一度でしか顔を見せない。
というか、そこから逃げてくるついでにペリアに教えてくれているらしい。
俺って書類仕事から逃げる口実に使われてるんじゃね? と思って聞いてみたら、教えてるんだからそれくらいいいじゃねえかと肯定された。


腕のだるさも抜けたので、練習を再開しようと立ち上がったところで、久しぶりにリーヤが顔を見せてきた。
「上達したかー?」
「……なんだよ」
「テッドに教えてもらってるんだって?」
にやにやしながら聞いてくるリーヤに、悪いか、と視線を向けると肩を竦められた。
「習いたいなら俺に言ってくれればいいのにさー」
「嫌だね!」
ふい、と顔を背けるとますますリーヤの気を引いたらしくて、なあなあと自分を指差して言った。
「じゃー俺も教える!」
「はぁ?」
「テッドに教えてもらってんならいーじゃん。テッドだって毎日くるわけじゃねーんだし」
「…………」
なんだその論理。

明らかに面白がっているのは分かったので、断ろうと思ったのだが、あんまりにも煩いので結局教えてもらう事になったのはそれから十分ほど後の事。
なんだか本末転倒な気がしてならなかった。





 



***
<何故かテッドでなくリーヤに修行付けてもらうことになっちゃったペリアの話。>

結構序盤な時間軸。
考えてみたらテッドに修行をつけてもらうはずがないのだけれど orz
彼らにしてみたらジョウイなんですよね(武器:弓)
でもテッド。でもリーヤ。趣味。

たぶん威嚇されるのが面白いから構うんだと思います。