<おてつだい>





太陽が全て地平線から顔を覗かせた頃。
日当たりの良い洗濯場で、クロスは本拠地の各所で回収してきた洗濯物を脇に置いて、ぐうっと伸びをした。
今日も晴れそうだなぁと雲のない空を見上げる。

ふと、木の影からのぞくふわふわとした桃色を見つけてクロスは頬を緩めた。
ここ数日本拠地を周っては手伝う事を探しているらしい少女の話は聞いていたから。
「セセナちゃん、おはよう」
「お、おはよう……クロス、さん」
「クロスでいいよ」
「……なら、わたしもセセナでいいわ」
名前を呼ばれて、セセナはぴこぴことクロスに近寄ってくる。
手前で立ち止まって、少し躊躇うように視線を泳がせてから、セセナはきゅっと真面目な顔をして言った。
「あの、なにか手伝わせて」
迷惑じゃなかったら、と小さく付け足す少女に、ついつい手が伸びる。
柔らかな髪を数度撫でて、にっこりと笑った。
「それじゃあ、洗濯一緒にやってくれるかな?」
「え、ええ!」
ぱあっと顔を輝かせたセセナに、まずは着替えようねとクロスは手を引いて一度本拠地に戻った。



あまり着慣れていないのか、セセナはぴょんぴょんと何度か飛んでみせる。
確かにお嬢様はズボンなんて履かないかもしれない。
髪の毛は邪魔にならないように後ろで纏めて上にあげてしまい、服も汚れてもいいようにシャツと短めの丈のズボンを用意した。
ロアンに借りた服はセセナにもよく似合っている。
「ズボンって動きやすいのね」
「これならいくら汚してもいいよ」
「洗濯って服が汚れるものなの?」
「濡れちゃったり、汚れが飛んだりすることがあるからね。あの服じゃあ今からやってもらう事はちょっとやりにくいし」
微笑んで、クロスは大きめの桶に水を張る。
その中に服を何着か選んで放り込み、石鹸を溶かし込んだ水を追加した。

くるくると回すと小さな白い泡がいくらか桶の端に浮き始めて、クロスは水から手を抜く。
「さて、じゃあセセナ。この桶に入ってこの服を踏んでね」
「……踏むの?」
目を瞬かせるセセナに、クロスは一応訂正を入れる。
「汚れが酷いものは何度も擦るんだけど、量が多いと大変だから。こうしてまとめて踏んである程度汚れを落とすんだよ」
桶に入れたのは兵隊の訓練服など泥などに塗れたもので、さらにそれなりに生地も厚いので、踏んで洗ったところで問題はない。
そのあときちんと手でも揉み洗いするけれど。

靴を脱いで、セセナは爪先をちょこっと水に入れてみる。
「なんだかぬるぬるするわ……石鹸水に足を入れるなんて初めて」
「水が黒くなったら代えるから言ってね」
「わかったわ」
こくりと頷いて、神妙な顔で足を水に浸ける。
最初は恐る恐るといった様子で洗濯物を踏んでいたセセナだったが、だんだんと楽しくなってきたのか、テンポよく足が動き出す。
クロスも自分の桶に水を入れて、早速洗濯を開始した。

しばらくすると、水音が耳に届く感覚が広くなってきて、クロスは小さく笑いながらセセナに視線を向けた。
「少し休憩してもいいよ?」
「だ、だいじょうぶ、よ」
強がって言う額に丸い汗が浮いているのを見つけて、クロスは言う。
意外と体力を使うのだ、慣れていないと尚更に。
「じゃあそろそろ一度水を代えるから、ちょっと止まってね」
「わ、わかったわ」
足を止めて桶の外に出て、セセナは腕で額を拭う。
それをクロスが見ているのに気付いて慌てて止めるのに、クロスは微笑む。
「そんなに無理しなくてもいいんだよ? 無理してやったって楽しくなくない?」
「……無理じゃないもの」
表情を硬くして、セセナはぽつりと呟いた。

おそらく、セセナは単純に、何か自分にできる事を見つけたいのだろう。
セセナはまだアーグレイ軍が立ち上がる前からこの集団に加わっていて、リアトとの付き合いも浅くない。
子供はただ遊んでいればいいと言われて納得できるほど幼くもない。
けれど大人から見れば子供の手伝いの域をどうしても出ないから、色々なところを手伝っても、一日限りで終わらされてしまうのだろう。

「うん、でも今日頑張りすぎて明日もう洗濯なんてやりたくないって思われちゃったら、僕が困るなぁ」
白々しく言うクロスに、ぱちぱちと二度瞬きをする。
「え」
「明日も手伝ってくれるんだよね?」
「…………」
「それとももう疲れて嫌になっちゃった?」
「そ、そんなことないわっ!」
「最初は誰だって慣れない仕事はすぐ疲れちゃうんだよ。毎日やってればだんだんコツを掴んで上手になるから大丈夫。だから今日はゆっくりやろうね」
「……ありがとう」
こくりと頷いたセセナに頷き返して、汚れた水を捨てに行こうかと桶を持った。




















「ねぇ、クロス」
「ん?」
「あなた、毎日こんな大変な事やってるの?」
「半分趣味だからねー」
はたはたはた。
沢山の洗濯物を干し終えて、風に揺れる光景を見ながらセセナが尋ねた。
「……洗濯が趣味なの?」
「汚れたものが綺麗になるのって嬉しいよ。それを誰かが着てくれるのも」
「でも、洗ったものはすぐに汚れちゃうわ」
「服は汚れてこそ服って感じがするよ」
頑固な汚れとか、落ちるとなんだか勝った気分になるしね。
独自の洗濯論を展開するクロスにセセナがくすくすと笑う。
「あんまりよくわからないわ」
「そのうちわかるようになるよきっと」
「だといいけど……」
首を傾げるセセナにクロスは苦笑する。
ぶっちゃけクロスの洗濯への意気込みは、テッドを始め「よくわからん」で一蹴されているので、こうも真面目に理解してくれようとしているのを見ると嬉しいのやら逆に悩ませてしまっているのやら。
「ねえクロス。クロスが裁縫がとっても上手だって聞いたの。裁縫も教えてくれないかしら? ズボンのほつれとか、わたしも直したいの」
「もちろん」
にこにこと頷いて、クロスは思いがけない弟子の誕生に心の中で拍手した。

 

 




***
<セセナが頑張って料理や選択の手伝いをしている話>

というわけでセセナとクロスは朝洗濯をしています。