<紐解かれぬ歴史>





借りていた本と今回の遠征で手に入れた古い本を抱えて、リアトは図書室に足を向けた。
塔の一フロアを通して作られた図書室は、最初は本棚もがらがらだったのが、今ではすっかり図書室らしくなっている。
難しい本が沢山あるが、子供向けの本も多くあって、リアトもしばしば利用していた。
サティーに古い本を渡しに行く度に強制的に何か借りさせられるというのもあるが、彼が選ぶ本はどれも面白いので図書室に行くと彼に本を選んでもらうのだ。

入り口のすぐ脇の机に座っているサティーに本を返して、先の遠征で手に入れた古い本を渡すと喜ばれた。
「なにかおすすめとかある?」
「そうですね統計的に最近一番借りての多いのは先日ファレナから仕入れた物語ですがそれは全て現在貸し出し中なので次の機会にするとしてやはりここはスタンダードに冒険ものを選ぶのが無難かもしれませんが日常的に冒険に類することをやっているのだとしたらやはり……」
「し、ばらく自分でも探してみるよ」
「そうするといい」
苦笑いとともにサティーの特徴的な話から逃れて、リアトは図書室を見て回ることにした。
普段書類仕事で読まされるような本は難しくて分からないから苦手だが、童話や伝記の類は好きだ。
ここにはラナイだけではなくてトランやデュナンなど遠方から持ち寄った本も置いている。
同じ話を元にしていても出版された国が違うと結末や細かいところが変わっていたりするとここで本を読むようになって初めて知った。

前にきた時からまた本棚増えたんじゃないかなぁと、部屋の見通しを悪くしている、床から天井まである本棚の間をくぐっていく。
専門書の並べられた棚の角を曲がると、出窓に腰かけて本を読んでいるシグールを見つけた。
窓には薄い布が日よけとしてかけられているが、本が日光で傷むのを嫌ってか窓の近くには本棚が置かれてはいない。
そこだけぽっかり空間ができて、かわりに本が読めるスペースとして机と椅子が置かれている。

シグールはそのどちらも使わずに、出窓の桟部分に直接腰かけていた。
その手に持たれているものはかなり分厚い本で、足元にも数冊積み上げられている。

何を読んでいるんだろう、と興味が沸いてリアトは邪魔をしないようにそろそろと近寄った。
背表紙に書かれた題名は逆光で上手く読み取れない。
むぅ、と目を細めて更に一歩近寄ると、シグールがはっと顔をあげてリアトと目が合った。
「ああ、リアト。どうしたの?」
「ごめん、本読んでるの邪魔しちゃったね」
「ただの時間潰しだから」
テッドがいなくて暇なんだよね、とシグールは膝の上の本を閉じる。
「なんの本を読んでたの?」
「ちょっと古いものを見つけたからね」
にこりと笑ってシグールは表紙をリアトに見せた。
くすんだ緑色の装丁に、金で浮き彫りされた文字は『デュナン統一戦争』と読めた。
「伝記?」
「どっちかっていうと歴史書かな」
「…………」
あからさまに難しい顔をしたリアトにシグールは軽く笑いを漏らして、そんな難しいものじゃないよと言った。
「リアトは歴史は好きじゃない?」
「伝記は好きだよ。わかりやすいし、わくわくする」
「そうだね」
素直に言うリアトに柔らかな笑みを向けて、シグールは立ち上がって、本棚で何かを探る。
今度は黄銅色の装丁の本を引っ張り出して、先程と同じ位置に座り、リアトに横に座るよう示した。
座るとリアトにも見えるように本を開いて、シグールはその一節を指でなぞる。

「太陽暦460年に何があったかは知ってるよね?」
「……デュ、ナン統一戦争」
「その通り」
先生のように軽く指を振って言い、ゆっくりとページをめくる。
細かい文字でびっしりと埋められたページには、年号と、その年に何があったかが細かく書かれていた。
その土地で何があったか、戦いの名前は、そこで誰が活躍したのか。
「最初の方でいうと、傭兵砦の戦いなんて有名じゃない?」
「うん、伝記で読んだことあるよ」
伝記と書かれている内容は同じ部分なのに、形態が違うだけでちっとも分からない。
「例えば日記があるとする。今日は何を食べて、何をして、誰と会ってどんな話をしたのか。それを全部書くのはとても大変だし、そんなことしたら凄い量になるだろう?」
「うん」
「日記に書くのは最小限のことだけ。書いた人は後でそれを読み返して、そこに書かれていることからその日のことを思い出す。日記っていうのは思い出すのに必要なきっかけみたいなものなんだよ」
ぱらぱらとめくられていたページは章の最初のページで止まっていた。
デュナン統一戦争のはじまり、まだ少年兵でしかなかった後の英雄セノが、ビクトールとフリックに拾われたところから始まっている。
「年号と土地とそこであった事。後の人達はそれを見て、そこでなにがあったかを知る。だけどそこにいた人達がどんな思いで、何のためにその場に立っていたかまではわからない」

誰がそこに生き、誰がそこで死んだのか。
どんな会話がなされ、どんな思いがあったのか。
歴史書に書かれていないところにたくさんのことが詰まっている。
歴史書はあくまで思い出すためのピースにすぎず、細かな文字の間にどんなものがあるのかは当時を知る人にしか知りえない。
後世の者達はそれを沢山の資料と伝記や関係者の手記、物語から探るしかない。

「だから後の世に残そうと思う事は、伝記や小説にして残すんだよ。あるいは親が子に聞かせるように語り伝える。歴史書にその全てを載せようとするのは少し大変すぎるだろ?」
あと五十倍くらいの厚さになっても無理じゃないかな、とシグールは笑う。
そうかもしれないとリアトは感じた。
今自分達がやっている事だって、数百年後には数行で片づけられてしまうようなことかもしれない。
こうしてリアト達が今刻んでいるものは全て伝えられないだろうし……伝わらない方がいいのかもしれないとも思う。

「まぁ何が言いたいかっていうとね」
ぱたん、と本を閉じてシグールはにやりと黒い笑みを浮かべた。
「どうせ本当かどうか分からないんだから、ありえないというような面白い話だって否定はできないってことさ」
世の中には偽作と呼ばれるものがたくさん転がっているけれど、その幾らかは本物かもしれないのだ。
なにせ後世ではその真偽は確かめようもない。
「ほら、リアトだって、言ったって信じてもらえないことは沢山あるだろ?」
例えば毎日テラスで開かれているお茶会だったり。
研究室から日夜聞こえる怪しい音と爆発だったり。
ウィナノにツケを返せと迫られるアレストや、ネイネに尻に敷かれているヒーアスや、シエラに遊ばれてるジョウイだったり。
「…………」
確かに何も知らない人が聞いたら嘘だと言われそうな事がちらほらしているような。

微妙な顔をして黙ったリアトに、シグールは分厚い本を脇に避けて、懐から薄く古びた冊子を出す。
手書きのそれを軽くかざして、片目を瞑った。
「というわけで真偽の程は見てのお楽しみな、デュナン統一戦争時の黒歴史を教えてあげよう☆」


 



 



***
<シグールがリアトにデュナン統一戦争のこととかを話す話>

語ってない語ってない……orz
当然シグールは知っているので文中で後世の人とは言っても「自分達」とは言わない。
ついでに持っているのは当時の手記か何かですが、もちろん中身はすべて真実です☆