<心は秘められたまま>





頼んでいた器具を仕入れたと知らせをもらったので、それを取りにいった帰り。
両手に紙袋を持って、カナメは落とさないようにゆっくりと足を進める。
時々床に降ろしながら休憩を挟むものの、だんだん手が痛くなってきた。

広間の階段を昇りきったところでかなりの気力を使い果たして、カナメは荷物を置くと赤くなって熱をもった手のひらをひらひらと振る。
「こんだけ重いなら、おじさん、最初に言ってよね……」
今頃仮眠室でぐーすか寝ているだろう叔父に恨み言を吐いてカナメは息を吐く。
それでも一番の難関である階段は越したのだから、あとはまぁ、休憩を挟みながらぼちぼち行こうか。
こんなことなら持っていこうかというウィズの申し出を断らなければよかったかもしれない。
(でも午前中は他の仕入れもあって忙しそうだったしなぁ……)
ぐだぐだ考えていても荷物が軽くなるわけでもないので、カナメはひとつ気合を入れると荷物を持ち上げる。

ふと下から柔らかな話し声が聞こえてきて、何気なしに視線をやると、広間をダナイとユーバーが外に向かって歩いていくところだった。
今から訓練に行くのだろう、二人とも剣を持っている。
ダナイが笑みを浮かべながらユーバーに話しかけ、ユーバーは無表情だけれど時々何か返しているようだ。
その声は小さくてここまで届いてこないけれど。

最初の頃は恐怖の権化と言わんばかりに恐れられていたユーバーだけれど、最近はもうそんな噂を聞かなくなった。
ダナイが一緒にいる時は話しかけても怖くない。
それどころかたまにからかわれているような姿もみかけるようになって、随分と馴染んだものだと感じる。
同時に、一緒にいる二人を羨ましいとも。
「そういう関係」ではないのは知っているが、見ていると限りなくそれに近い。
ああやって自然に近くにいられるのはいいなぁと思う。

「いいなぁ……」
「なにがだ?」
急に近くで聞こえた声に、カナメは小さな悲鳴をあげて、荷物を取り落としそうになった。
その前に荷物がふたつともカナメの手から取り上げられていたから、本当に道具を落とす事はなかったけれど。
「テ、テッドさん」
「結構重いなぁ、よくここまで運んだな」
「わ、私が運びますからっ」
「いーって、これ医務室でいいんだろ?」
持ってくよと言ってテッドは両手に袋を携え、歩いていってしまう。
その姿はちっとも重そうに見えない。
やっぱり武器を持つ人は違うなぁと思うが、今はそれよりもカナメにとって、久々に見た姿と聞いた声に自分の頬に手を当てて、赤くなっていないかの方が重要だった。
当てた手はさっきまで重いものを運んでいたから熱を持っていて、頬が熱いのか手が熱いのか分からない。
赤くなっていなければいいんだけれど。
「カナメー?」
曲がり角のところで立ち止まって、怪訝そうにしているテッドに、カナメは慌てて後を追った。










医務室まではそれほど遠くない。
入ればケインはやはり自室で寝ているようで姿はなく、机に座って薬の調合をしているセキトの姿も今日はまだ見えなかった。
「ありがとうございました」
「これくらい礼を言われることじゃないって。最近手伝いにこれなくて悪いな」
荷物の中身を出しながらテッドが笑う。

まだケインやカナメが仲間になったばかりの頃は人材も資材も何もかもが不足していて、医療の心得がある者は兵士だろうが何だろうが使っていた。
それこそテッド達に薬草を取りに行ってもらったことも何度もある。
今では薬草や道具は仕入れで賄えるし、医療班も整備されたし、人材も増えたから、手伝ってもらう必要はもうないのだ。
………本当は、会う機会や話す機会がなくなって寂しいのだけれど、公私混同をするわけにはいかない。

だからカナメは緩く首を振って、小さく笑みを浮かべた。
「もともとテッドさんは医療班ではないですし、あの頃より人も増えましたから」
「お役御免ってか」
「そういうわけではないですけどっ」
手伝いに来てもらえるのは嬉しいです、とそこまで言ってカナメはぱっとテッドに背を向けて、もらってきた薬草を引き出しにしまう作業に戻った振りをする。
今度こそ顔が赤くなっていないという自信がなかった。
背中の向こうで小さく笑う気配がする。
こういったやり取りが久しぶりで、胸がいっぱいになるのを自覚しながらカナメは息を吸い込んだ。

カナメの気持ちを知っているネイネやスピカに言わせれば、とっとと告白しちゃえばいいのよという事なのだが、カナメはそれでテッドとの接点を失うのが怖かった。
昔のように必要性がない以上、テッドが自発的に、暇つぶしにでも何でも来てくれない事には会えない。
告白して受け入れてもらえないのはカナメには分かっていた。
テッドにはシグールがいるから。
恋人なのかは分からないけれど、お互いがお互いを大事に思っていて、二人でいるのを見ると入り込めない空気がある。
自分はそこに割り込めないと感じていた。
そう思ってしまうから……決心する前から結末を予想して諦めてしまっているから、きっと自分は告白はできない。

それでも、不毛すぎるけれど、今はまだこの恋を忘れる事はできないのだ。
会って話せる嬉しさ以上のものがほしいけれど、手に入らないと分かっているから、だからせめて現状で満足する。
この戦いが終わるまで、それまではこのほろ苦い恋に浸っていたいと思うから。

「前みたいにはこれないけどさ、たまには手伝いにくるな」
「はい、助かります」
テッドの言葉に、ふわりと笑ってカナメは答えた。




 

 

 


***
<「まだ名も無き」の続編のような、テッド←カナメな話>

カナメなりの決着です。
だいたいがくっつく予定だからひとつくらい決着のつかない決着もありじゃないかなと。
……テッドにはシグールがいるのでどうしようもありません。