<昼下がりの茶会>
失礼します、という声とともに入室してきた宰相に、セノは顔を上げる。
宰相はいつも書類を持っている手に、今日はトレイを持っていた。
脇に書類を抱えてはいたけれど。
「お疲れでしょう、少しお休みください」
「うん、そうさせてもらおうかな」
宰相の言葉に頷いてペンを机の上に置く。
腕を伸ばして首を傾けると、頚椎のあたりがぱきっと軽い音を立てた。
ずっと下ばかり向いて同じ作業ばかりしていたので仕方ないけれど、聞いて気分のいい音じゃない。
そういえばジョウイもよく同じ事をして凄い音たててたっけなぁと思って、二人して同じ事をやってると気付いて笑みがこぼれた。
応接用の机でお茶の用意をしている宰相の正面に座り、皿にもりつけられた菓子を見てセノは歓声をあげる。
「タルトだー!」
「先日お好きだとおっしゃっていたので、料理長が今度はヤマモモで作ったようです」
「ヤマモモ好きなんだ」
そのまま食べるのもおいしいよね、と庶民的なことをいう王に、そうなのですかと宰相は相槌を打つ。
「ヤマモモそのまま食べたことない?」
「そうですね、あまり山に入った経験もありませんし、大抵は調理されたあとのものを」
「甘酸っぱくておいしんだよ。今度取って……は、まずいよね」
「取り寄せることはできますが」
「もぎたてが美味しいんだよ、昔ジョウイやナナミと一緒にたくさんとった覚えがあるよ」
「ナナミ殿……は、あなたの姉君でしたか」
「うん、あの時は夢中になって道に迷って散々な目にあったんだよなぁ……」
「それは……」
「小さい頃の話だから! 今はもうそんなことないし、たぶん」
でもずっとあそこの山にも行ってないしなぁと首を傾げてぼやくセノに苦笑して、宰相はお茶を前に出した。
その手つきは慣れたもので、同じように自分の分も用意して、宰相もソファに腰かけた。
王佐であるジョウイが隣国の揉め事に首を突っ込むために城を空けてから、セノの休憩をかねる午後のお茶の相手は宰相がするようになった。
もともと王や王佐と直に顔を合わせる事を許されているのは上層部でもごく一部であり、気兼ねにお茶を飲み交わす者となると更に限定される。
以前ならばジョウイとセノの二人でのんびりティータイムを過ごしていたが、ジョウイがいなくなってからは一人でお茶を飲むのはつまらないと強請られて、最初は固辞していた宰相も最後には折れた。
セノが「僕がお茶淹れる」というのは断わったが。
王にお茶を淹れさせる臣下はいない。
宰相が今の地位に就いた時には、すでにセノは王だった。
それはこの十年ほど変わらない事実で、それはこれからも当分は変わらない。
もっともセノが王であったのは二百年ほど前、デュナンが建国されたその時からの不文律なのだが。
長らくの不在を埋めた王と王佐の存在は、デュナンにそれなりの動揺と、その後の繁栄をもたらした。
しかし「始まりの王」としての歴史で語られる姿に比べて目の前で幸せそうに菓子を頬張っている姿は年相応というべきなのか、外見を更に幼く見せる。
……実際の年齢はこの国と同じくらいというのだから、外見相応というにはあまりにも違う気もするが、ぱっと見て彼が王だと分かる人間はまずいないだろう。
けれどジョウイや、時折訪れる彼らの友人(正直彼らの来訪はそこらの国賓を招待する時よりも気を遣う)の前での様子を見ていると、国王としての政務を行っている時よりも自然に見えて、おそらくこちらが素なのだろうと思っていた。
ジョウイの代わりにお茶の相手をしながら、普段政務中では絶対にしないような話をする。
休憩時間にまで仕事の話を持ち込むのはどうかと思う配慮もあるのかもしれない。
それは例えばセノやジョウイの友人の話であったり、思い出話であったりする。
時たま宰相の家族や趣味に話題が及ぶこともあった。
「そういえば宰相の息子さん元気?」
「トビアスですか?」
「アダルは時々会ってるもん」
「そうですね……たまに手紙が届きますが、グリンヒルで元気でやってるようですよ」
「そっか。そういえばジョウイからも文が届いてたよ」
「お元気そうでしたか?」
「テッドさんとルックもいるんだって。ルックはなんとなく予想できてたけど、テッドさんもいるなんてなぁ……」
シグールさんどうしたんだろう、と付け足してセノは手紙を机の上に乗せる。
そこには見慣れた筆記体で、近況とこちらの様子を窺うものが書かれていた。
もう一枚の方にはラナイの現状と王国軍・反乱勢力両方の陣営や進軍についての様子が記されている。
こちらの方は最初のものと違って義務的なものだ。
隣国の動きをしておくのは大切だ、王佐を送るというのであればそれなりの見返りはもらいたい。
というより書類仕事ができないぶん実地で働け王佐というのが本音だった。
「ラナイはこれからどうなると思う?」
尋ねられて宰相は沈黙する。
今回の隣国の動乱に真の紋章とそれに付随する一〇八の星回りが関係してくるこいとは、ジョウイの出発が決まる前に聞かされていた。
国が揺らぐほどの大きな争いが紋章の試練だと言われてもにわかには信じられなかったが、体現しているのが三人ほど自分の目で確認できたしまったからには信じるしかあくまい。
そしてそれが今隣国で起こっているのであれば、おそらく。
「本当は、こんなこと起きなければいいのにね」
ぽつりと呟いたセノに、宰相は沈黙でしか返す事ができなかった。
***
<Lで一人だけお城で留守番しているセノの話。宰相とのほのぼのスパルタ話とかシュウの思い出話とか。>
ほのぼので始まりしんみり締めるってどういうorz
シュウの思い出話は思い出で終わらなくなるので……。
あんまりリクエストにお答えできなくてすみません。
そしてこの宰相はトビアスのお父上、ユルバンさんです。
そしてジョウイ、きちんと間者(?)としての仕事してた\( ̄▽ ̄)/
少なくとも反乱軍の方のスパイはいらないねデュナン。