<唄>





試験が終わり、自室でラウロは一息ついていた。
しばらくシンダル文字は見たくない。
脇に積みあがっている趣味の本を読もうと思って立ち上がり、ベッドに腰掛けようとすると、とても聞きなれた足音。
三、二、一。

「ラウロ!」
「なんだ」
そういいながら腰掛けて、視線は本。
お前の話を聞きたくないという意思表示だったが、リーヤはそんな事気にしない。
「ラウロ、お前歌える!?」
「……医務室は一階だぞ」
試験で頭でもおかしくなったのかと聞くと、ちっげーよとリーヤは叫んだ。
「歌と楽器、どっちが得意!?」
「……説明しろ」
さんきゅー! と何も了承していないのに勝手に礼を言ったリーヤは、ぴょんとベッドの上に飛び乗ると話し出した。



「つまりお前はまた、勝負を受けたのか」
「だってくやしーじゃん!」
簡潔に言えばリーヤは上級生に勝負を挑まれたらしい。
勝負内容は音楽、そういえば三日後あたりに発表会があるような。
勉強も武術にも長けてついでに魔法もいけるリーヤに勝負を挑むのに、芸術というのはなかなか賢い選択だろう。
だがそこで一人楽器の一人歌という二人構成である事を忘れないでほしかった。
一人犠牲者が出るじゃないか。

「で、お前はどうなんだ」
「楽器はまーまー」
「……なるほど、歌は破滅的なわけか」
「んなこたーねーけど……」
頬を膨らませたリーヤは、すねたように床を蹴る。
靴底がベッドの掛け布団に当たってる。
「ちょっと歌ってみろ」
「ん〜……」

歌を口ずさむリーヤをしばらく聞いて、ラウロはそれをとめる。
まあ別に音痴ではない。
それ以上でもないだけだ。
「……喧嘩を買える実力か?」
「クロスに「歌だけは三流だね」って言われた」
「…………」
他は全部二流以上なのか。

突っ込みたかったが堪えておいて、ラウロは手伝わないぞと念を押しておく。
なんでだよー! と突っかかるリーヤに、だって僕の事じゃないだろうと呆れて返すと、「俺たち友達じゃん!?」と無理矢理な返答がきた。
友達とは自分が勝手に買った喧嘩にに巻き込んでもいい存在じゃない。
「ラウロー、お願い! おねがーい、な?」
「嫌だ」
「おーねーがーいー!」
「断わる」
ひっでー、ひっでー! と何度も叫んでリーヤはラウロのベッドの上でごろごろ転がる。

「出てけ」
「やだ! いっしょにでてくれねーと俺でていかねー!」
「出てけ」
「やーだぁー!」
「……なんでそんな勝負に勝ちたいんだ」
相手なんか所詮音楽バカだ。
ほっとけばいい。
畑も違うしそもそも張り合う必要があるのかそれは。
「だってあいつら……」
「なんだ」
理由如何で出てやろうと思うわけではないが、リーヤが意固地になってる場合はだいたいくだらないので、一応聞いておく事にした。

そしてその予想は違わず。

「ラウロのこと白髪って」
銀髪なんだつったのに、白髪って。
「……三日後だったな、使えそうな曲を探しに行くぞ」
据わった目でラウロは呟いた。










バイオリンの音律を調整して、リーヤは隣のラウロを見上げる。
なんだか苛々しているのだけど、もうすぐ舞台だから緊張……はないだろう。
「ラウロ、どーした?」
「あいつらか」
「へ?」
「僕が白髪だとホザいたのはあいつらか」
「あ、そーそー」
幕の影からひょいと見た舞台で歌っていたのは、リーヤが喧嘩を買った二人だった。
彼らを見ているラウロの目がますます据わる。
なんか数日前からずっとこうだ。
「ラウロ、だいじょーぶ? 別に勝ちに行く必要、ねーからな?」
練習をしようと言ったのに、ラウロは一度もリーヤの前で歌わなかった。
下手ではないとは思うのだけど、彼が歌ったのを聞いた事がないし。

「ばかか、勝ちにいくに決まっているだろう」
「え、でも、あいつら優勝候補らしーし」
喧嘩を買った後で知ったんだけど。
「だから勝ちに行くんだろう」
ハッとやさぐれた笑みを浮かべて、ラウロは観客席からの拍手が鳴り響く音が静まると同時に舞台へと足を踏み出す。
リーヤも慌てて後を追う。

「それでは最後に飛び入り参加の、ラウロとリーヤです。彼らは音楽専門の学生ではありませんが、参加する心意気やよし、です!」
司会の意味不明な紹介に一礼して、リーヤは軽く数音弾く。
それにラウロは軽く声を出して音を合わせた。

会場は話し声とか嘲笑とかでざわついていたけれど、リーヤは気にせず数音弾く。
ちなみに楽器を教えてくれたのはシグールだった。
武術に並ぶもんのすごいスパルタで、血豆ができるほどにやらされた記憶しかない。
その彼が言うには。

最初の数音で観客が黙らない演奏者は三流。

という厳しい言葉だった。


ぴたりと会場が静まり返る。
若干十二三の子供が奏でる音楽はこれまでの奏者に並ぶほどすばらしい。
ゆっくりとしたテンポが奏でられる中、ようやく中央に物憂げに立っていた少年が口を開く。











「……へえ、それでどうなったの?」
クロスに先を促されて、チョコレートケーキを頬張りながらリーヤは続ける。
「そんで、みーんな物音ひとつ立てねーで演奏終了」
「ま、楽器の腕ならそこらのガキなんて問題じゃないでしょ、僕の直伝だし」
得意気に言ったシグールに、そーでもねーよとリーヤは返す。
「やっぱ専門のやつは俺よりうめーし」
「でも優勝したんでしょ?」

こくりとルックの質問に頷いて、リーヤは自分の分のケーキを片づけると、窺うような目でクロスを見る。
苦笑した彼が自分の分のケーキを差し出すと、顔を輝かせて二つ目に移った。
「ゆーしょーはした。ラウロが歌上手かったんだよなー」
「へえ、意外」
「すんっげー上手かった。ちょー高いのもきれーにでるし、よく伸びるし通るし」
「聞いてみたいねえ」
にこりと笑ったシグールに、リーヤは首を振る。

「ムリ。俺も聞いたけど、ラウロがいやだーって。俺の前で歌ったのアレっきりだしさー……ずっりーの、あんなに上手いのにさ」
俺だっても一度ききてーもん、と頬を膨らませてリーヤはすすすとその手をルックの皿に伸ばす。
ずっとそれを横から取り上げられて、ばっと顔を上げると笑顔のシグールがいた。
「ラウロに歌ってくれるように頼んでくれたらこれあげる☆」
「それシグールのじゃねーじゃん! ずっりー!!」
「年長者の言うことは聞きましょう」
「……大人げないね」
溜息を吐いたルックは、余っていた一切れをリーヤの皿に乗せる。
「でも、聞いてみたいかな」
「でしょ? 今から歌ってくれって穏便に頼んでこようかな」

楽しげな笑顔のシグールに、ホントにそれは穏便か? とは無駄な事だから誰も言わなかった。
ただ庭で武術の稽古をつけてもらっているラウロの無事を祈るのみだった。

 



***
<リーヤとラウロが歌う話>

リーヤは「悪いことは言わないから音楽は選択するな」程度のレベルです。
ラウロは「もうお前歌手になれば?」レベルだと思われます。
楽器になるとこれが逆転します。
ラウロは道具屋の息子なので、楽器らしい楽器に触ったことはないと思う。