<秘密の花園>
ちょこんと座ってヒーアスは今自分がどうしてここにいるのかを考えてみた。
事の始まりは何だったか。
今から少し前、ヒーアスが塔の近くを通りがかったところを、山盛りの薔薇に出会った。
何だこれ、と思った時にはその山は崩れてヒーアスに襲いかかってきて。
滑らかな花弁部分はまだいいが、薔薇には茎もついていて、当然のようにそれには棘がついていて、顔や腕に当たるちくちくとした感触にヒーアスはいててと小さく声をあげた。
「ごめんなさいませっ」
高めの声に視線を向けると、薔薇に埋もれた女性が申し訳なさそうにヒーアスを見ていた。
きらびやかな服の袖を捲り上げて、手袋をしている。
この量の薔薇を一人で運んでいたのか、と思う反面、こんな恰好で力仕事をするのは不似合いだと思いつつ、ヒーアスは立ち上がった。
「前が見えなくて……ああ、血が出ていますわ」
「あー……まぁ平気」
棘で擦った部分に赤く血が滲んでいるが、これくらいは日ごろの訓練より些細なものだ。
些細なぶんちりちりするが、これくらいならほっといても治る。
医務室に、と言う彼女――シャンゼリゼの言葉を断って、ヒーアスは足元に散らばった薔薇を摘みあげた。
「だいぶ汚れちまったな」
「これでは使えませんね……」
「何に使う気だったんだ?」
「薔薇ジャムを作りたいとパティさんがおっしゃりましたので、そのための薔薇を」
「……こんなにいるのか?」
「さぁ?」
小首を傾げたシャンゼリゼにヒーアスは嘆息する。
「とりあえず拾って……どうする?」
「そうですね、あとでケイスケさんに頼んでお風呂にでも浮かべてもらいましょう」
薔薇風呂も素敵ですわ、と優雅にシャンゼリゼは笑った。
その後結局薔薇を拾ってケイスケのところに持って行くのを手伝ったヒーアスは、お詫びとお礼を兼ねてと塔で開かれるお茶会に招かれた。
正直塔に入るのも初めてだったから、テラス一面に広がっている薔薇園は面食らった。
あれだけ摘んでもまだこれだけ残ってるのか。
むせ返るような匂いは、服に染み付きそうだ。
正面の席ではショパニエルがにこにこと笑いながら茶請けを用意している。
赤いジャムを中心にあしらったタルトとチョコまじりのクッキーは見事な出来栄えだ。
自分で作っていると話に聞いた事があるが、本当だろうか。
「お茶の用意ができましたわ」
服を着替えて、手袋を外したシャンゼリゼが笑みを浮かべてトレイを運んでくる。
細やかな装飾の施されたトレイには、これまた薔薇の絵が彫られたカップが乗せられている。
「ヒーアスさんはお砂糖は?」
「お願いします」
「ショパニエル様はなしでよろしかったですわね?」
「ああ、すまないね」
シャンゼリゼからソーサーを受け取って、ショパニエルはヒーアスに笑みを向ける。
「お茶会に客人がくるのも久しぶりだよ」
「そうなんですか」
「前はリアト殿がよく顔を出してくれたが、最近は何かと忙しいようでね。やるべきことが多いのはわかるが、息抜きもまた大切だろう」
「まぁ、頑張りすぎる性格だからなぁ……」
「その分をやはり、我々がカバーしてさしあげるべきなのかもしれん」
おや、とヒーアスは片眉をあげる。
見た目のど派手なナルシー将軍は、見かけとは裏腹に考えている事はとてもまっとうだった。
そういえば味方に引き込む時も、まっさきに部下の安全を優先させたと聞くし、将軍としては一流なのだとリーヤが言っていたっけか。
シャンゼリゼもあの恰好で自ら薔薇の世話をしているというし、人は見かけによらない。
ちょっと自分の中での偏見を正したヒーアスは、シャンゼリゼが差し出してくれた紅茶を受け取ってゆっくりと口をつけた。
「………ぐっ」
一口入れたとたんに固まる。
そのままそれ以上カップを傾けられずにヒーアスは口を離して受け皿に置いた。
口に入ってきた一口分だけをなんとか飲み込んで、茶請けに手を出そうかと思ってそれも甘い事に気付いて手を止めた。
甘い。
ひたすらに甘い。
紅茶というより砂糖味の液体と言った方が正しいんじゃないかと思うくらいに甘い。
しかしショパニエルは普通に飲んでいるから、紅茶そのものが甘いわけではないはずだ。
そこでヒーアスはカップの底に溜まっているきらきらしたものに気付いた。
スプーンでそっとすくってみると、少しどろっとしたそれは、液体の中をくるくると舞って再び底に沈む。
「……サトウ?」
底に沈んでいるってことは、溶け切らないくらいの量が入れられたということで。
そっと盗みみれば、シャンゼリゼは自分のカップの中にどぽどぽと角砂糖を放り込んでいた。
そういえばさっき砂糖を入れるか聞かれて頷いたような。
「…………」
「どうしました? お口に合いませんでした?」
「いや……うまい、です」
「ささ、こちらも食べたまえ。今日は自信作なんだ」
「いただきます……」
にこにこにこと背景に花を背負っている二人の笑みに迫らせるように、ヒーアスはクッキーとひとつ掴んだ。
当分甘いものを食べるのは控えようと心の中で誓って。
***
<シャンゼリゼとショパニエルの秘密の花園に潜入してみた(させられた)不幸人キャラ。ヒーアス若しくはナポレ希望。>
昔同じような話を書いた気がする……(没ったのかな