<忘れられていた事実>
無言で二人は向かい合う。
間に挟んだ数枚の書類の上を、苛々とたたく。
けれどもリーヤは俺知らねーと顔を背けたままだ。
おいこらとラウロに頭をはたかれそうになっても、すいっと避けてそのまま机に足を乗せる。
行儀が悪いのはいつものこと。
「ちったぁマジメに考えろ!」
「わっかんねーもん! ムチャゆーなよ!」
「こういう時くらい役に立てよ!」
「むちゃゆーなって! ってか俺が役にたってねーってこと!? ひっでー、俺あんなに毎日毎日がんばってんのに、ひっでー!」
叫んでリーヤがダンッと足を床に下ろすと立ち上がる。
「だいたい、こんなこと自分でやろーとすんなよ! ちょっとぐれー人に頼れよ!」
「たった今頼ってるだろうが!」
「俺はちげーだろ! んなことしてもラウロがよえーとか誰もおもわねーよ!」
「お前がたった今言ったじゃないか!」
ラウロも怒鳴り返すと立ち上がる。
にらみ合う二人が手を出さないのはそれだと洒落にならなくなるのをお互い分かっているからだろう。
まあこの時点であまり洒落になってはいないのだが。
「あー……キミタチ、何をもめてるのか知らないけど、止めなさい」
人がいない時間帯とはいえ、酒場でそんな事を大声でもめていた二人の間に、ジョウイがしぶしぶ割り込んだ。
事態収拾をしなければと思ったウィナノに首根っこをひっ捕らえられたとも言う。
ていうか軍師と軍のNo1実力者としてその辺はつつしんでもらいたい。
「「うるさい」」
睨み合う二人に同時に言われて、ジョウイは据わった目で笑顔を作ると二名を同時に殴りつけた。
「いってー!」
「な……なにを」
三十路近くで殴られるとは思っていなかったのか、唖然とした顔でラウロがジョウイを見る。
「僕にうるさいとは大きくなったね二人とも。図体だけ」
「「…………」」
「僕があいつらみたいに君らに甘いと思ってたのか?」
輝かんばかりの笑みで言ってきたジョウイの右手からわさりと黒い影がにじみ出てくる(気がした)。
シグールのそれとはまた少し違う、どちらかといえば背中に切っ先を突きつけられているような……。
「で、なんの話だったんだ」
「……そ、その、ラウロが、なあ?」
「まあ……相手の意図が読めない、というだけだ」
「相手の意図、ね。かなり読みきっているようだけど」
そうじゃない、とラウロは舌を打つ。
「俺が読んでいるのは軍の動きだけだ。この国のトップ、国王は何を考えているかがわからない」
「必要があるんだ」
あるに決まっているだろう、と苦い顔でラウロが机の上をたたいた。
「軍だけを相手取っているわけではないんだ!」
「王の意図、ねえ」
これが? と数枚に目を通してジョウイはばさりとそれをまとめてリーヤの手の中に押し込む。
「俺はわかんねーし……」
ぶつぶつ言いながら斜めに目を通す。
現王、ゲルディンによって打ち立てられた政策。
彼が出した命令、設定した法令、罪人の裁き方。
ラウロによっていくらかが付け足されており、他のページには内乱が始まってからの政策変化が書かれている。
それから王の性格やこれからの動きを理解しようとしていたのだろうが、リーヤにはさっぱり分からない。
人の性格を読んだりするのは苦手だ。
「その必要はない」
「え」
ラウロにジョウイはそう言いきった。
「王の性格を分析する必要はない」
「な、なんで」
「軍が完全に王以外の人物に牛耳られてる。国に内乱を起こし王座に座った人間だ、これだけの政策を打ち立てた人物だ。彼がそんなことを許すとは思わない」
だが、と言いかけたラウロに、ジョウイは必要ないよと繰り返した。
「よしんば王座に座っていても」
「……いても、なんだ」
「その人物はすでに王じゃない」
きっぱりと言い切って、ジョウイは背を向ける。
なんでそこまで言えるんだと呟いたラウロに、足を止めて当たり前じゃないかと返した。
「一国の長でありながら国が壊れるのを止めない。そんな人物はもう玉座に座る資格はないし、座っていたって能なしだ」
無駄な事しなくたっていいと思うけどね、とそれだけ言ってジョウイは去っていく。
ほとんど絶句に近い状態で見送ったリーヤとラウロは顔を見合わせ、どちらからともなく呟いた。
「……そーいえば皇王だったんだっけ」
「……そういえば一国背負ってたんだったな」
「そういえばワンマンで策略で国のっとって戦争もしてたな」
「まあその国投げ捨ててまた回収して王補佐だったか」
そういえば彼も二百歳以上でそういえば真持ちでそういえば元皇王というエライ人だったんだと、二人は改めて思いなおした。
いえば英雄でもあったなあの人。