鐘の音を聞け
死へ呼ぶ音を
<鳴鐘ノ闇>
暗い闇の中、呆れ半分で肩を貸す相手にぼやく。
「お前さ、いい加減学んでくれよ」
「すきでこうなったわけじゃないよ……」
病魔なんて跳ね返すと周辺には思われがちなシグールだったが、それは日ごろ気をつけているだけであり、本当はとっても丈夫と言うわけではない。
少しムチャをして病原菌がうようよしていそうなところにいったらこの始末だ。
「背負うか」
「うう……」
赤い顔でこくりと頷いたシグールは、テッドの背中に体を預ける。
悪いとは思わないこともないけれど、だって仕方がないんだ、辛いんだ。
「あたまいたいのどいたい」
「じゃあしゃべるな」
「ごめん、てっど……」
小声で呟く声にもいつもの調子がない。
どこかで宿を取って医者に見せた方がよかったのかもしれないとは思ったのだが、至急戻らなくてはいけない事情があったらしく、かといって急遽馬車が用意できるような村ではなかった。
行きに徒歩できた自分達が悪いと言えば悪いのだから仕方がない。
「しっかり捕まってろ、急ぐぞ」
声をかけて足に力を入れる。
力をなくしたシグールは確かに重いが、背負えないほどではない。
背負って山道を早めに歩く程度なら、なんとかなった。
「ここを越えたら、でかい町だからな」
「ん……」
背後からする吐息が熱かった。
相当参っているようだ――あたりまえか。
早く進まなければ、という思いは途中でさえぎられる。
山中にうごめく影。
好意的な相手ではないことは察するも容易。
背後のシグールは動かない。
「通してくんねーかな。病人背負ってんだ」
イチオウ言ってみた言葉は低い笑い声にかき消される。
おとなしく通してもらえるとは思わなかったが、やはりムリか。
「……シグール、おい、起きてるか」
背後に呼びかけるも反応がない。
どうやら意識がないらしい、寝ているだけだと思いたい。
「まあ、ありったけを出せば命だけは助けてやらんこともないがなぁ」
含むような笑い声にテッドはカチリと切り替えることにした。
気配によれば敵は三十をくだらない。
それが広範囲に――おそらく山頂付近から麓へかけて満遍なく――散っている。
現在テッドは武器なし状態。
しかも背中にはシグールを背負っている、さらにそのシグールは戦闘不能。
つまり、手加減なんて必要ないという事。
つまり、唱えてもいいという事。
「――終焉をもたらし絶望を貫き」
呼応するように右手の紋章が浮かび上がる。
ああ、何年ぶりだろう、この詠唱を口にするのは。
「破滅を繰り返し 輪廻を呼べ」
りん、と鐘の音が響いてテッド自身が光に包まれる。
紫に発光する淡いそれに。
「生を呼べ 呼びし生を死へ落とせ」
耳に響く声と鐘の音にシグールは意識を取り戻す。
テッドの首に回していた手に異変を感じて、けれど身動きが取れなかった。
どうしてだろうと原因に思いつくまでに時間が少し。
包まれている、ソウルイーターの輝きに。
つまりそれは、紋章の開放。
意図的な、紋章の発動。
「くれてやろう ありったけの生を
命じる 運命を綴る真なるものよ」
光はありったけに膨らんで。
「今その力を解放せよ!」
こう と膨らんだ球体が破裂した。
目を覚まして、真っ先に手を握った。
「起きたか、シグール」
「うん」
「熱も下がったな」
よかった、と笑ったテッドの手をシグールは握ったまま離さない。
どうした? と笑いかけられてもシグールは口を開かない。
昨日のあのこと。
あのあとどうなった?
それが聞けない。
「あの……」
「ん?」
「……・昨日」
「ああ、いいってことよ」
「そうじゃなくて」
そうじゃなくてね。
視線を伏せたシグールに、テッドはああと呟いて笑う。
「お前、意識あったのか」
「ちょっと、だけ」
紋章開放をした瞬間しか見ていない。
次にはもう、ブラックアウトしてしまったから。
「どう、なった、の?」
「山全体を包む魔法効果を出そうとしたからな、自然と威力は半減なわけで」
全員半殺し程度だ、と答えが返ってきたからシグールはそう、と目を閉じる。
「……テッドありがと」
「どーいたしまして」
「かっこよかったよ」
くすりとその言葉に笑って、テッドはシグールの頭を撫でる。
「惚れ直した?」
「した」
満足気な笑みを口元に浮かべて、テッドは眠りに落ちたシグールを優しく見下ろした。