<飴玉と>
珍しい客に、彼は書類を捲る手を止める。
「どうかしたのか」
「…………」
小さい客人は扉を閉めて、じっと彼を見上げる。
「お願いがあるの」
無言でその先を促すと、彼女は少しだけ迷ってからこう言った。
「リーヤを休ませなさいよ」
「……は?」
そんな指示を彼女からされる覚えはないし、第一アレはまだ過労というほど働いていないはずなのだが。
彼としてはそういう素直な反応だったのだが、自分が子供だから馬鹿にされていると思ったのか、彼女は目の光を強くした。
「セセナが子供だからってばかにしないのよ! リーヤ大変なのよ、遺跡の研究もして剣の訓練も弓の指導もして、ルックが面倒みない魔法兵の面倒もみて、アレストとかの剣の相手もして、それでリアトも
みて、たいへんなのよ!」
途中から声が震えてきた少女に、男はどうしたものかとしばらく考えてから、机の引き出しから先日部屋に押しかけた(挙句仕事を邪魔しまくって帰った)どこぞの英雄がおいていったものを取り出した。
それをひょいと投げると、少女は反射的に受け取った。
「な、なに」
「飴だ。食べてろ」
「い、いらないわよ!」
「……いいから。苛々するのは糖分不足だ」
苛々してないもの! と叫んでからさすがに子供っぽかったことに気付いたのか、少女はおとなしく飴を口に入れた。
かしょかしょとおとなしく舐めていたのもつかの間、次の瞬間にぺっと手に吐き出して涙を浮かべた目で睨みつけた。
「ぺっ、な、なにこれ!」
「リーヤ作。タイトルはレックナート様の料理」
「……なによそれ? これ、飴じゃないわ」
手に出した飴をもてあましていた少女へ、男は布を投げてやる。
受け止めて丁寧にそれを包んで、少女はぽたっと床に落とした。
「どういうことよ」
「そんなもの作れるほど暇なんだよアイツは」
作成者を聞いた瞬間、もっと仕事増やしてやろうかと思った、本気で。
だいたいそんな気持ち悪いものどこの世界に需要があるんだ。
「リーヤが……つくったの」
「ああ」
「……すっごくおいしくないわ」
「だろうな。モデルになった料理に忠実に不味い」
へにゃと少女は顔をしかめる。
「……セセナ、リーヤの力になりたかったの」
「わかってる」
「わるかった、わ」
「謝らなくてもいい。リーヤは人より頭がいいし人より要領がいいし人より仕事が速いし人より手を抜くから、結果として人より仕事を片づけられるんだ。それに合わせた仕事を任せている、それだけだ」
そうなの、と複雑そうな表情を彼女はする。
「余計な仕事をたくさんしちゃってると思ってたのよ」
「把握して仕事量は調節している」
それを彼も分かっているはずだろう。
雨の日は倍増される仕事に文句をつける事なくやってくるから。
気まずそうに視線をそらしていた少女がくすりと笑う。
男が眉を上げると、くすくすと笑った。
「なんだ」
「ちゃんとリーヤのこと、考えてたのね。ライの言ったとおりだったわ」
「…………」
無言の彼に、それじゃあねと手を振って少女は足取り軽く軍師の部屋を出て行く。
「あ、それ、片づけておくのよ?」
自分が吐いた飴を包んだ布を指してから、彼女は軽い音とともに扉を閉めた。