<旅立ちの日>
久々に訪ねてきたリーヤは簡易な鎧を身につけていて、腰には剣を差していた。
一見して上等のものと分かって、おそらくは育て親か、その近しい者から送られたものだろうと察しがついた。
そんな恰好をして、浮かない顔をしていたリーヤに、ヒクサクは柔らかな笑みを向ける。
「どうしたんだいその格好は」
「俺、傭兵になるんだ」
僅かに目を見開いたヒクサクに、リーヤは気まずそうに頬を掻いた。
最後に会ったのはハルモニアの学院を卒業する時で、それから一年経つのだろうか。
また少し伸びた背はヒクサクとほぼ同じくらいになっていて、顔も大人びたように見える。
……そう見えるのは、笑った瞳がどこか寂しげに見えたからだろうか。
昔から屈託なく笑う子だった。
色々なものを抱えていても、表情はいつも真っ直ぐで、見ている方が幸せになれるような笑顔を浮かべる子だった。
こんな表情もするようになったかと思う自分は随分と年寄り染みているなと心中で苦笑する。
「おいでリーヤ」
ヒクサクが手招きをすると、疑問も抱かず寄ってくる。
こういう素直なところはそのままだと微笑しながら、椅子を回してリーヤの腕を取って横抱きにした。
「重くなったねぇ」
「……俺、もう十八だけど」
もうそんなになるのか、と感慨深げに言ってみせると、リーヤは眉を寄せて、困ったような複雑な表情でヒクサクを見た。
「俺もう子供じゃねーよ?」
「そうだね」
それでも私がこうしたいんだが、駄目かい?
にこりと微笑んで言うヒクサクに、リーヤは止めろとは言わずに軽く俯いた。
昔は自分の腰ほどの身長しかなくて、こうやって膝の上に乗せては本を読んでやったりしたものだった。
人は育つ、それは当たり前のこと。
大人になったのだと思う反面一抹の寂しさもある。
いつまでもこの腕に収められるような子どもであってくれればと。
話をしたいから泊まっていきなさいと言ったヒクサクの仕事が終わるまで、書類の仕分けやら片付けを手伝っていたリーヤだが。
「……なー、じーちゃん、昼間も言ったけどさー」
俺もう十八だけど分かってる?
その言葉に、ヒクサクは髪をほどきながら朗らかに笑う。
ヒクサクの寝室にベッドは当然ひとつしかない。
てっきりもうひとつ簡易ベッドでも用意させているのかとリーヤは思っていたのだが、ヒクサクはそのつもりではなかったようだ。
リーヤが幼い頃はよく一緒に寝ていたけれど、それはまだ小さい頃の話で、リーヤがハルモニアに来てからは泊まりにくることもなかったから、共に寝る事自体が十年振りだった。
キングサイズだから男二人が寝転んだところでまだ寝返りを打って余るくらいの大きさがある。
広さ的には問題ない。
だけど微妙だ。
「寝ようか」
満面の笑みで言うヒクサクに、リーヤは頭を掻いてしばらく考えて、頷いた。
ベッドに潜り込んで枕元の飾台の灯りだけの中、隣にいるリーヤに笑いかける。
「昔はよくこうやって寝たね、覚えているかい?」
「覚えてるって。レックナート様によく連れられてきた」
まだリーヤが幼い頃、眠れないとぐずるリーヤの手を取って、レックナートはヒクサクのところへ連れてきた。
その度にこのベッドでリーヤをあやして寝かしつけていた。
何かある度にあれはリーヤをヒクサクのところに連れてきたから、ある意味託児所と思われていたのかもしれない。
小さい頃の他愛ない話をする合間にヒクサクはリーヤに尋ねた。
「リーヤは本当にこのまま傭兵になるのかい」
「…………」
「……なる」
「辛い職業だよ」
「……わかって、る」
だけどこれでいいんだと呟いてシーツに顔を埋めたリーヤの髪をそっとなでる。
リーヤの近しい者のほとんどは不老だ。
特殊な環境で育って子どもは、それでもまっすぐ育ってくれた。
いつか塔を離れる事になるだろうとはヒクサク自身も、そして彼らも薄々分かっていただろう。
だからリーヤが傭兵になると言った時、きっと彼らの誰一人として表立って反対はしなかっただろう。
その代わりに、リーヤが身を守れるようにと剣を託した。
身を護る術も知識も十分なほどに教えてあるから。
いつかリーヤが自分と彼らとの間にある隔たりに気づいて旅立っていく日のために。
「リーヤ」
幼い頃に怖い夢を見たと言って泣く子どもに告げるように優しく呼んで、ヒクサクは言葉を紡ぐ。
もう怖い夢を見ないように、安らかに眠れるように。
あの小さな子供はもうこんなに大きくなったけれど、ヒクサクにとってはあの頃と変わらない小さな子供なのだ。
「頑張りなさい、自分にできる限りのことをやってみなさい」
だけどね、疲れたら戻っておいで。
ササライだって、クロスだって、ルックだって。
誰だってリーヤが帰ってくるのを待っているから。
「あと、たまには手紙をくれると嬉しいな」
「……うん」
くぐもった答えに微笑して、昔と同じように子どもが寝付くまでゆっくりと頭を撫で続けた。
***
<リーヤとヒクサクのじゃれあい。>
じゃれあうどころか……orz