<狂言 下>
次の日、用意された服に袖を通してシグールは男達と一緒に小屋を出た。
テッドは用意するものがあるということで、昨日の内に他の男と一緒に出立している。
計画はいたってシンプルなもので、シグールとテッドが男たちの店で働いている者だということにして、不正を行っている者に会いに行く。
目の前で理不尽な取引をしているのを確認できればそれだけで事は終了だ。
たとえ他の誰の証言でも不確かであるとしても、マクドール家の当主が黒と言えば果たして一介の分家の末端が白と言って通るだろうか。
もし犯罪者として捕らえるのならば別だが、今回の目的は純粋な粛清のみ(予定)であり、ようは不正があるとシグールが確認できさえすればいいのだ。
テッドを呼んだのは、単にシグール一人ではつまらなかったのと、いざという時の保険だ。
もちろんシグールが当主だという事は伏せた上で計画を説明したが、三人の男は成功するか半信半疑だった。
自分の目で確かめて、本当であればきちんと当主に言うからというシグールの口からでまかせに、これ以上事態が悪くなる事もなし、と店から奉公人の着ている服を持ってきてくれた。
「それで、俺達はどうしたらいい」
「普段は値段交渉とかどうやってる?」
「向こうに出向いてやるんだが……」
「じゃあ今から行こうか」
「けど商品がないんだ」
「それはこっちで用意してるから安心して」
「妙に手際がいいな……」
「そりゃあマクドール家ですから」
にっこり笑って答えたシグールに、男は感心とも感嘆ともつかない溜息を漏らす。
これで自体が変わるのかと疑いつつも期待を捨てきれないといったところか。
さして急でもない山道を降りるとすぐにこじんまりとした町があった。
その中に真新しい、小奇麗な構えをした家が、街の雰囲気とは外れた様子で建っている。
そこから道を二本外したところにある男の店の前で、すでにテッド達は待っていた。
「用意できた?」
「少し無理言ったけどな。これでいいか」
腰に提げた袋を外して、シグールに向けて口を開く。
覗き込んだシグールの目が細まり、次いで満足そうに輝きを増した。
「うん、上等だね」
「それは……?」
「今から売りに行く商品だよ」
一応確認しておいて、と示されて袋の中を覗き込んだ男達は、目を剥いてシグールとテッドを交互に見比べた。
「おい、こりゃあ……!?」
「これなら突然買いつけてくれって言いに行っても不自然じゃないくらいの上物でしょ?」
「そりゃあ……そうだが……こんなものをマクドール家の坊ちゃんは簡単に用意できるのか……」
呆然と袋の中から一粒摘んでしみじみと男が呟いた。
おやおや、といささか皮肉気な笑みを浮かべて壮年の男はシグール達を出迎えた。
「お三方が揃って何の御用ですか? 借用金の返す手だてでも発見されましたかねぇ?」
少し高めの声で嫌みったらしく尋ねてくる。
借金まであったのか、とシグールが男達を見上げると、面目ないといった風に男は頭を掻いた。
「今日はこれを買い取っていただきたくて。俺達は武器や防具を扱ってるから、こういうもんの扱いはどうにも」
「ほう……?」
首を傾げる男の前で、テッドが袋の口を開いて手袋をした掌にざらりと中身を開けた。
とたんにぎらついた光が男の目に宿る。
「これは……真珠じゃないか!」
白く丸い粒がいくつも掌の上に転がっていた。
大きさや形は多少歪だが、紛れもなく自然の生み出した至宝のひとつだ。
「ちょっとしたツテからもらったんだが、俺達じゃ使いようがない。いい値段で買い取ってもらえないだろうか」
「……ちょっと拝見するよ」
わざとぶっきらぼうに言って男は真珠をつまみあげる。
こういう時に欲目を表に出しすぎると、高い値段で買わなければならないから、ポーカーフェイスは商売人の基本だ。
……もっとも、目が完全に欲に眩んでいる。
男は光に透かしたり一通りの検分を終えると、わざとらしい溜息を吐いた。
「……ふん、残念だけどね、それほどの値にはならないよ」
「なんだって!?」
「形も色も悪すぎる。これじゃあ削って装飾品の隅に埋め込むのがせいぜいだね」
袋全部で十万ポッチというところかね、と冷たく男が言う。
「いくらなんでもそれは安すぎる!」
「これでもかなり勉強させてもらってるんだ。同じ町で店を構える同業者としてね」
意地の悪い笑みを浮かべて言う男に、ぐっと悔しそうに男は歯噛みした。
「ねぇおじさん、これ本当に十万ポッチ?」
「……ガキは黙ってな」
「市場の真珠平均流通価格は一粒五千ポッチから。今の時期は収穫とはズレこんでるから、高騰してて一粒一万ポッチはくだらない」
「だからそれは上物の話だろう。少しは勉強してるみたいだが、もうすこし鑑定眼を養って……」
「これはまだ加工前だし、違う大きさを適当につっこんできたからばらばらなんだ。正真正銘の群島諸国産の真珠だよ。原価にしても五十粒あるから五十万ポッチはくだらない」
「だから、これは質が悪いんだよ!」
「きちんと鑑定されたものなのに?」
「それは気の毒だったな。その鑑定した奴の目が節穴だったのさ」
「わざわざマクドール家当主自らが足を運んで、専門家と一緒に鑑定して選んできたものなんだけどね。あんたは当主の目が節穴だって言うのか」
男の表情が凍りついた。
いきなり出てきた自分の家系の当主の名前に戸惑ったのか、急激に冷や汗を流し始める。
「お、お前……」
「別にね、安く買い叩くってのは商人の基本だし悪いとは言わない。けど相手の身代潰すくらいの額っていうのはいただけないよね。ああ、それと」
すいっとシグールの目が細くなる。
つかつかと男の脂ぎった首に手をかけ、触れるぎりぎりのところでとどめた。
触られていないはずなのに、生温かい何かに締め付けられるような感じがして男は呻く。
「僕を愚弄したっていうのが一番気にくわない」
誰の目が節穴だって、と冷え冷えとした声に、男は恐怖でその場に膝を着いた。
***
<シグールが商売敵(?)に浚われて(本人強すぎるので、ワザととかでもいい)、それを必死に助けにいくテッド>
……助けに行けてねぇorz