<軍主の強さ>
ドン
ドドドドン
そんな効果音が錯覚で聞こえてきそうな訓練場は、現在周囲を大勢のギャラリーに囲まれて。
いなかった。
「人、すっくねー」
素直に呟いたリーヤに、しかたねーだろとテッドは肩を竦める。
なにせ「手合わせがしたいんです」と言ったリアトが選んだ相手は、こともあろうにシグール。
ネイネとかリナとかシャンとかリンスとかヤマトとか年齢も実力も近い相手がごろごろしているだろうに。
よりによって、シグール。
我らがシグール御大。
その実力は天井知らず、ついでに手加減能力はカス。
ハルモニア特製の制御装置はもちろんしっかりつけさせているが、生憎それでも軍内トップなのは間違いなかった。
制御装置をつけたシグールと軍内トップと噂のリーヤがマジメに戦った場合どうなるか。
……まあ、しばらくはもつんじゃないか、リーヤなら。
そんなレベルの相手だから、仲間にほいほいとは見せられない。
完膚なきまでに容赦なくどこまでも叩きのめされるのは明々白々。
そういえばセノの時にも容赦なかったらしいねあの人。
「がんっばれー! リアトさん!」
声援を送っていたのはリナ。
その横にいるネイネもがんばれーと言っている。
後ろに強制的に引っ張ってこられていたヒーアスは、疲れた顔で舞台を見ていた。
くるくるとリアトは武器の感触を確かめる。
練習用のものだったけれど、リアトの武器はそのままでも十分に人を殺せてしまう。
相手が格上だから、そんな事はないと思ったけれど、用心するに越した事はない。
「シグール遅いね」
審判をかってでていたクロスが首を傾げる。
「僕が早かったのかな」
「ううん、そんなことはないと思うけど」
そう言って、ようやく姿を現したシグールに向かってクロスが手を振った。
大きく手を振り返して、シグールは軽く跳躍して舞台に降り立つ。
周りの観客(厳選byラウロ。全て宿星)がおおと歓声を上げた。
「両者、ルールを遵守すること。シグールは紋章発動を禁ずる」
「おっけー」
ひゅんひゅんひゅんとシグールが片手で軽々と回すのは扇だ。
一部……というかかなりの部分が鉄製で、それなりに重いはずなのだが。
「両者用意」
クロスの右手が高く上がる。
「時間無制限、一本勝負、開始!」
歓声は始まった瞬間に終わった。
予想どんぴしゃと言わんばかりの顔をしているのはテッドとかクロスとかルックであり、さしものリーヤも口をあんぐりと開けたまま動けない。
リアトは武器を構えたその瞬間に喉元に突きつけられたシグールの指先の力で、もうぴくりとも動けなかった。
「固くなりすぎ」
「……あ、は、はい」
あまりに圧倒的。
その実力差に、ネイネは口を尖らせる。
たしかにシグールは強いかもしれない、だけど軍主相手とかいう前にリアトは伸び盛りの男の子……いやシグールもそうだけど。
形だけでもある程度は手加減してやるものじゃないか。
これでは手合わせの意味がない。
「ちょっと、いくらなんでも」
駆け寄っていこうとしたネイネをヒーアスが無言で止め、同じく割り入ろうとしたリナはテッドが止めた。
「テッドさん、なんでよ」
「いいから、シグールの言い分も聞いとけ」
ようやくリアトを押さえていた手を押さえて、シグールはぽんとその手をリアトの頭に置く。
「リアト、そんなこと気にしなくていいよ」
「でも……僕、軍主で。強くなくちゃいけないから……だから」
軍内最強と言われて名前があがるのはリーヤ、アレスト、ユーバー、ラウロあたりだろうか。
それに続くのがジョウイやミスティアあたりで、シグールは戦争にまともに参加しないのでその強さは未知数だ。
けれど(外見)年齢はリアトとさほど変わらないシグールが実はとても強いという話を聞いて、リアトは挑んできたのだ。
軍主は強くなくちゃいけないから。
誰よりも強くなくちゃいけないから。
「軍主が一番強い軍なんてないさ」
使わなかった武器を背中にしょって、シグールはリアトの手から落ちた武器をほいとクロスに投げる。
「だって考えてみなよ? 軍主ってば戦闘して戦争して作戦たてて、書類仕事して円満に軍を経営して軍資金調達して、仲間集めて仲間集めて仲間集めて曲者を操縦するんだよ? 訓練やって喰って寝てればいい傭兵なんかと一緒にしないでほしいよ、ねえクロス」
「まったくだよ。挙句にこっちは十代あんたらは成人、酒に交易に失せモノ探しにアクセサリー作りに、仲間集めに仲間集めに仲間集めに、どれだけ万能人間かってんの、ねえ?」
顔を見合わせてねーと言い合った二人を交互に見て、リアトは視線を落とす。
「そう、なのかな」
「そーだよ。戦闘はあの戦闘狂いの湯葉とかマルチだけどやる気のないリーヤとかウーソ族アレストに任せればいいんだよ」
「僕、皆を守りたい、んだ」
別にタイマンで強くなくても皆は守れるよ。
クロスに微笑んでそういわれて、リアトはそうなのかな、ともう一度尋ねる。
「僕、弱くっても、軍主でいいのかな」
「軍主の強さは、戦闘だけじゃわからない」
「そう、なの?」
「そーなの。わかったら返事!」
「は、はい!」
よろしい、とシグールに笑顔で見下ろされて、リアトは顔を綻ばせた。
***
<リアト&シグールで手合わせなどの話>
坊はマトモな理由で手加減をしていなかったんです。
……たぶん。