<午睡>
ぺたぺたと廊下を歩きながら、テッドは何度目か分からない欠伸を噛み殺した。
昨日寝る前に読み出した本についつい夢中になってしまい、気付いたら朝だった……なんて事をこの歳になってやるとは。
しかも昨日はシグールと昼から散々打ち合いをして疲れていたというのに。
おかげで今朝は疲れが取れるどころか気を抜くと睡魔が手招きしてくる有様だ。
今後二度と寝つけに本を読まないようにしようと、テッドはうっすら水の膜が張る目を瞬かせる。
使用人も歩いている廊下で堂々と欠伸をできるほど神経は図太くない。
グレックミンスターの屋敷ならばともかく、ここはレナンカンプにあるマクドール家の本邸だ。
すでにテッドも何度か訪れているから顔を見知ってはいるが、さすがにそこまで砕けられない。
というか働いている人の目の前で欠伸ってどうよ。
本人の心がけは立派だが、傍からどう見ても眠そうなテッドを、時折すれ違う使用人が見ては微笑ましそうにしているのだが、本人は気付いていなかった。
「おはようございます、テッド様」
「ああ、おはよう」
「今日はお出かけにならないので?」
「いまんとこ予定はないかな。あいつ書斎で仕事してるし」
「お申し付けくださればお運びいたしますのに」
テッドの手にはシグールから頼まれて書庫まで取りに行っていた本が数冊抱えられている。
誰かに頼むほどのものではないし、ただいるのだと寝てしまいそうだったから、気分転換もかねてテッドが取りに行ったのだ。
「後ほど飲み物をお持ちいたしましょう」
「ありがと」
執事長に礼を言って、テッドは本を抱えなおして書斎へと戻る。
曇り一つなく磨かれた窓から差し込む光は眩くて、外はさぞや心地いいのだろうと想像できる。
「取ってきたぞー」
「ありがと、テッド」
書斎のドアを開けると、机で書類に書付けていたシグールが顔をあげてにぱっと笑う。
頼まれていたのはここ数年のトラン国内の貿易推移の資料だ。
机の隅の空いた部分に積み置いて、テッドは少し出てくるわ、と言った。
途端にシグールの顔が曇る。
「えー、テッド一人でずるいー」
僕も行きたい、と声をあげるシグールに、テッドはがりがりと頭をかいた。
別に抜け駆けして遊びに行こうとしているわけではなく、正当(?)な理由がある。
ここでシグールの仕事を待っているとその間にそれこそ寝かねない。
小さく、殺しきれなかった欠伸をするテッドに、シグールは小首を傾げて苦笑した。
「別に寝てもいいよ?」
「仕事してるお前の横で寝られるかよ」
「僕は気にしないけど」
「……今寝ると夜寝れない」
「子供の屁理屈みたいだね」
呆れたようにシグールが肩を竦める。
かたん、とペンを置いて、シグールはやおら立ち上がった。
テッドの持ってきた本を手に取り、もう片方の手でテッドの腕を引くと、書斎に備え付けてあるソファに向かう。
左端に腰を降ろし、本をうで掛けとの間に押し込むと、テッドに反対側に座るように促した。
言われるがまま座ったテッドに、にっこり笑ってシグールは空いた自分の膝を叩く。
「はいテッド、膝枕」
「…………」
さっきまでの話の流れでどうやってここにもってこられるんだ、と思考能力が追いつかずに目を点にしていると、焦れたシグールに首を掴まれて膝の上に乗せられた。
ぐきと嫌な音がした気がするのだが、動かそうとしても押さえつけられて確かめられない。
ただずきずきと首が痛い。
視線のまっすぐ上にあるシグールの顔に向けて、テッドは恨めしそうに声をあげた。
「シグール……」
「いいから寝るの。別に無理して起きてなくてもいいじゃない」
「だから夜寝れなくなるって……」
「その時は晩酌に付き合ってあげるから」
「……それはお前が飲みたいだけだろ」
「あははは」
そこは突っ込まないの、と頭を撫でられる。
首の痛みは少しずつ引いてきた。
背中越しに感じる上質の敷物の感覚と、頭を撫でられる感触は燻っていた睡魔を活性化させるには十分すぎた。
さっき執事長が飲み物を運んでくると言っていたから、こんなところを見られるのは非常に抵抗がある。
あるのに。
「おやすみ、テッド」
重い目蓋を必死に開けていたテッドは、それでもブレる視界の中でどうしてか幸せそうに笑っているシグールの顔を見て、色々諦めた。
まぁいいか、とテッドは深く息を吐き出すと目蓋を閉じた。
数秒も経たない内に規則正しい寝息を立て始めたテッドに、シグールは満足そうに撫で続けていた手を外した。
脇に置いておいた本を手にとって、ゆっくりと開いて読み始める。
これ全てに目を通す内にはテッドも自然に目を覚ますだろう。
「失礼します――おや」
入室してきた執事長が、シグールとその膝の上で目蓋を閉じているテッドを見て僅かに目を見開き、すぐに目元を緩ませた。
口元に人差し指を掲げてシグールは楽しそうに微笑む。
「静かにね」
「はい。お飲み物をお持ちしましたが……」
「置いといて。テッドが起きたら飲む」
「後ほどあらためてお持ちいたしましょうか?」
「アイスなら冷めないし。せっかくだからいいよ」
「かしこまりました」
「あと何かかけるものない?」
「それもお持ちいたしましょう」
シグールの問いに執事長は軽く頷く。
小声でのやり取りに、シグールの膝で眠るテッドは気付く事なく眠っていた。
***
<でき上がる前の仲睦まじいテッドとシグール。>
シチュエーションとして膝枕はとても好きです。