<丑三つ時>





夜中にふと目を覚ましたリアトは、喉が渇いたなと部屋を出た。
ところどころに足元を照らすようにロウソクが立てられているものの、間隔が広いためその間は暗い。
ちょっと部屋から出るのをやめようかと思ったが、そこまで怖がりなのもどうなのだと思いなおして、リアトはそろそろと歩き出した。
確認するように視線を左右に彷徨わせる。
何かがあるのを、ではなくて、何もいないのを、である。


階段を下りていくと、酒場から明かりが漏れているのを見つけた。
まだ誰か飲んでいるのかなと思ったが、それにしては光が小さいし静かだ。
誰かがいるのならいいな、とリアトは少しだけ安堵して酒場の中を覗く。
「……ネイネ?」
酒場の机と椅子は部屋の隅に片付けられていて、完全に店じまいしているようだったけれど、大きく開いた部屋の中央スペースに数人の影が固まっている。
漏れていた光の正体は十本ほどのロウソクだった。
その光に照らされていたのは見覚えのある顔ぶれ。

きぃ、とドアが軋んだ音を立て、同時にばっと全員の視線がリアトに注がれた。
その剣幕にリアトは引き攣った声を喉の奥で鳴らす。
「……リアトさん?」
「なんだ、リアトか」
「びっくりさせないでよもう」
口々に安堵の息を吐いていう彼らに、リアトは目を瞬かせた。
「何してるの?」
「あ、リアトさんも混ざる?」
にこにことスピカがリアトのところまでやってきて背中を押す。
ぐいぐいと輪のところにまで引っ張ってきてリアトを座らせた。
「……何、してたの?」
ふとリアトは嫌な予感がした。
夜……夜中に暗い部屋の中でこそこそとやること。

それって。

まさか。

リアトの「否定してほしい」という表情での問いかけに、スピカは目をきらきらとさせたまま答えた。
「怪談よ! 夏といったらこれでしょう」




リアトは怖い話が大の苦手である。
この本拠地を入手する時など城に入るまでにひと悶着を起こしたくらいなのだから筋金入りだ。
その後もまあ何度か色々あったりしたのだけれど、最近はそんな事もなく心穏やかに過ごしていた。
リアトが怖い話が苦手だという事を知っているのは、それこそ初期メンバーと一部の者くらいだ。
輪に加わっていた中にはヒーアスとネイネがいたが、他のメンバー……スピカとキルベスの勢いに押されて、リアトを助けるわけにはいかないようだった。
「リアトも楽しめー!」
「あ、あの」
「次はネイネだよね、はいどうぞ」
リアトの隣に座っていたヒーアスは、リアトをちらりと見て、溜息を吐く。
ネイネはごめんねぇ、と小さくジェスチャーをして、ぽつぽつと話し始めた。
「えーとね、ノックってあるじゃない? こんこんって叩くやつ」

話しながら、ネイネはちらちらとリアトに視線を投げかけてくる。
できる限り気をつかってくれている事が凄く分かって、リアトはお礼を心の中で言いつつヒーアスの服の裾を掴んだ。

お話は返ってこないはずのノックが返ってくる話だった。
家を変えても、壁を調べてもだめ。
どんどん大きくなる音に怖くなったその人が三つめの家に変わった時。

「しばらくはなにもなかったんだけど、ある日突然大きな音がして、壁が崩れちゃったの。そしてそこから白骨が出てきたんだって」
おしまい、とネイネが締めくくり、どこか緊張していた空気が緩んだ。
「……大丈夫か?」
「…………」
暗闇の中だから分からないのだろうが、たぶん表情は物凄く強張っているのが自覚していた。
ヒーアスの裾を握った手は当分離せそうにない。
ネイネとしてもできる限り優しい話にしたつもりだったのだが、ヒーアスともどもこれはやっぱりだめだろうとスピカに言おうとして。

「わっ!」
「きゃあっ!」
「うわっ」
「ひっ!?」
「っ……!?」
いきなりの大声に全員が引いた。
「何してるのー?」
「お、驚かせないでよ!」
けらけらと笑って立っていたのはクロスだった。
気配を消して近づいてきたらしく、ちっとも気付かなかった。
ヒーアスの腕を引っつかんで顔を引き攣らせているリアトに気付いているのかいないのか、クロスは輪の少し外側に膝をついてにこにこと笑っている。
「怪談? 懐かしいなぁ、僕も昔やったんだよ」
「おもしれー話あるー?」
キルベスの怪談に面白いも何もないだろう、というツッコミはリアトには出せなかった。
クロスはそうだね、とわずかに首を傾けて、ああそうだと笑みを深める。
「昔やった時は僕は話せなかったんだけど、その時のとっておきを披露しようかな」
「きゃー! 面白そう!!」
「聞くー!」
スピカとキルベスが嬉しそうに声をあげる。
リアトは泣きそうな目でヒーアスを見上げた。
「リアト、離脱しろ」
「……足が震えて動けない」
「…………」
「あれはいつのことだったかなー」
嬉々として話し始めてしまったクロスを見て、ヒーアスは黙ってリアトの両耳を塞いでやった。


 


***
<リアトの幽霊話。>

書いている本人が大の怖がりです。
本物(?)は前に書いたので今回は怪談ネタでした。
元ネタを探そうとおもい一件目のサイトで脱落したため怖くないらしい話。